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4.リップショット(1/6)

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1/6

 天外の町並みはいつものように汚染霧雨にぼんやりと滲んで見えた。

 石音日与は繁華街の裏通りを歩いていた。
 ドラゴンブレスという血族を殺した帰りのことだ。

 目元を隠すように野球帽の鍔を低く下げ、その上から防水ジャージのフードを被っている。もちろん防霧マスクを着けている。

 工場排煙を始めとする、天外から排出されるあらゆる公害の毒がこの霧雨に含まれている。
 それが様々な健康被害や公害病をもたらすため、市民は外出するときは防霧マスクを必ず着ける。

 だがもっとも恐れられている不治の病、霧雨病の真の原因は公害ではなかった。

(血盟会の会長が霧雨病をバラまいている)

 日与は立ち止まって空を見上げた。

(明来を治すにはそいつを殺すしかない。そいつは何のために病をバラまいてる? 人々をツバサの奴隷にしておくためか? 何で電話の相手は俺にあっさりバラした……?)

 霧雨病は急速に患者の体力を奪う。兄はもう長くは生きられない。
 日与は焦り、焦るが故に怒りに掻き立てられていた。

 ふと、行く先のコンビニ前に黒いワゴン車が乗り付けるのが見えた。
 車を降りたギャングファッションの男三人が店内に入っていく。そのうちの一人はショットガンを抱えていた。

 日与が立ち止まってガラス壁越しにコンビニ店内を見ると、先ほど入った強盗たちがカウンター越しに店員に銃を突きつけているのが見えた。

「金を出せ!」

 怒鳴り声が聞こえる。

 道行く労働者たちがそちらをちらりと見るが、関わろうとはしない。彼らは職場と自宅の往復レールから一歩もはみ出すことなく歩み去る。

(俺の知ったことじゃねえや)

 日与も同じようにしようとしたとき、目の前をびゅんと何かが通り過ぎた。

 それは人間の目にはただの黒い風にしか見えなかったが、日与の超人的な視力は人影を捕らえていた。

 黒いゴス風スーツを着込み、フードとドクロ柄のフェイスマスクで口元を覆っていた。フェイスマスクのドクロの右頬には真っ赤なキスマークが入っている。

 その人影はコンビニの自動ドアを蹴破った!

 ドゴォ!!

 外れた強化ガラス戸をサーフィンのように乗りこなして店内へ滑り込みながら、立て続けに拳銃を撃つ!

 バンバン!!

「「「グワアア!?」」」

 三人組の強盗はそれぞれ手を撃たれ、持っていた銃を取り落とした。超人的な射撃精度である。

 さらに人影はガラス戸をジャンプし、レジ前にいた強盗の顔面に飛び蹴りを入れた!

 ドゴ!

「ぐえッ?!」

「うわあ!」

 レジ前で両手を上げて棒立ちになっていた男子高校生が悲鳴を上げ、頭を抱えてその場にしゃがみ込む!

 飛び蹴りを食らった強盗は勢いよく吹っ飛び、カウンターにぶつかって半回転すると、レジの金を漁っていた別の強盗を巻き込んでもろとも後ろの煙草棚に突っ込んだ!

 店内で商品棚をあさって合法麻薬エルをバッグに詰め込んでいた大柄な強盗が悲鳴を上げた。

「うわああ!? 何だテメエ?!」

「リップショットだ!」

 人影は高らかに名乗りながら蹴りの反動でバック転し、空中で大柄な強盗を射撃した。

 バン! バン!

「ぐあ?!」

 撃たれた大柄な強盗は仰け反り、製薬会社各社の合法麻薬《エル》をバラまきながら仰向けに倒れた。死んではいない。手足を的確に撃ち抜かれている。

 リップショットはひらりと床に着地し、しりもちをついている女店員に手を貸した。

「ケガは?」

「い、いいえ……」

 ガラス壁越しに様子を見ていた日与は目を見開いた。

(血族だ!)

 そのとき、大柄な強盗が突然むくりと起き上がると、リップショットに飛びかかった。

「あ!」

 そちらを見ていた女店員の声にリップショットが振り返った。

 大柄な強盗は用意周到にも防弾着を着込んでいたのだ。手にした大きなナタを振り下ろす!

「ヒャッハー! スイカになれやァ!」

 ガギン!

 火花が上がり、大柄な強盗の狂笑が戸惑いに変わった。

 リップショットは右手でナタの刃を掴んで止めていたのだ。

「えっ……?!」

 リップショットは相手の股間を蹴り上げた。

 ゴキョッ!!

「お゛ッ」

 痛烈! 大柄な強盗は搾り出すような悲鳴を上げ、その場にひざまずいた。

 リップショットを見上げた大柄な強盗はヒッと息を飲んだ。
 ナタを取り上げたリップショットの右腕は、いつの間にか白骨となっていた。骨格標本めいた骨だけの腕なのだ!

 この世ならざるものを目の当たりにした大柄な強盗は絶叫した!

「ウワアアア――ッ!! グエッ!」

 リップショットは大柄な強盗の顔面に蹴りを入れ、気絶させた。
 その右目が鬼火じみた青い光を放っていることに気付き、女店員は悲鳴を飲み込んだ。

「ヒエッ……」

 リップショットはナタを捨て、静かに告げた。

「警察を呼びなさい」

 女店員は何度もうなずいたあと、震える声で言った。

「ま……待ってください! あなたは一体?」

「えっと、ただの闇だ……ええっと……」

 リップショットは先ほどの鮮やかなアクションからは想像もつかない歯切れの悪さでぼそぼそと呟いた。

「ただの闇で……ごめんなさい何でもないです!」

 リップショットは逃げるように店を飛び出した。女店員とレジ前でうずくまっていた男子高校生が呆然とその背を見送る。

 リップショットは日与の目の前を通り過ぎて裏路地に入ると、壁に蔦じみて絡みつく配管パイプや室外機を蹴って屋上へ駆け上がった。

 日与が後を追って屋上へ上がったときにはもう、どこにも姿はなかった。

(何者だ?!)

 あたりを見回す。
 その視線の先にはドーム球場に似た、遠近感が狂うほど巨大な建造物がそびえていた。

 その施設へ続く道の道路標識には「購坂《あがないさか》フォートまで百メートル」と書かれている。


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