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紅殻町アフターウォー(5/5)

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5/5

 鈍化していた時間の流れが戻ってくる。

 昴の姿は黒いゴス風スーツに包まれた。フードを被り、ドクロ柄のマスクで口元を覆っている。ドクロの右頬には真っ赤なキスマーク。

 その右腕がぱっと燃え上がり、白骨の腕と化した。リップショットは血の記憶に導かれるままにその腕を床に当てた。全身の血管を炎のように熱いエネルギーが循環するのを実感した。

 それこそが血氣! 藤丸昴の魂の熱量だ!

 リップショットが手を着いた地面が白い骨に覆われて行く。血氣によって生成された骨の盾だ! それは竜骨の目の前で防壁のように盛り上がり、彼を守った。

(((それが聖骨の盾だ!)))

 アンボーンが言った。

 ガガガガガガガガ!
 ボーンホワイトの盾は小鳥の群れを、防波堤が波を砕くかのごとく弾き返す。

 盾はさらに大きく広がり、通用廊下ごと竜骨とリップショットを包み込んだ。シェルターとなって小鳥をシャットアウトする。

 竜骨は目を見張った。

「これは……!」

 小鳥たちが聖骨の盾にぶつかってくるすさまじい音が響く。だがシェルターはびくともしない。

 鎧のほとんどを削り取られ、素顔と上半身のほとんどを晒した竜骨が振り返った。血まみれになっている。

 リップショットは壁に手を突いて立ち上がろうとしたが、ずるりと床にくずれ落ちた。意識は床よりもっと深い場所へと落ちて行った。

「昴!」

 竜骨の声がひどく遠くで聞こえる……


* * *


 昴は再び遊園地にいた。

 目の前にはアンボーンが立っている。アンボーンは苦笑し、昴の肩をバンと強く叩いた。

「もっとイイ顔をしろ! あんたは今、世界を敵に回して戦う覚悟を決めたんだ!」

「い、痛い……」

 叩かれた肩をさする昴にアンボーンは大笑いした。

「ワッハッハ! すまん、嬉しくってな。どんな気分だ?」

「何か……私は思ってたようなヒーローにはなれなかったなって」

 昴は寂しげに笑った。

「自分勝手な理由で戦うなんて。こんなはずじゃなかったって思う。でも、こうなるべきだったんだとも思う。血を授かるときにあなたが言った通りだった」

「そうだな」

 昴はふと言った。

「アンボーン。聖骨家は他家の血族の力をシャットアウトする能力があるんだよね?」

「そうだ。さっき実証したじゃあないか!」

 昴は唇を舐めた。

「例えば……血族の力を封じて人間に戻したりもできるの?」

「不可能だ。イモムシはいずれチョウになるけど、その逆はない」

「じゃあ永遠に人間程度の力に封じ込めておくことは?」

 アンボーンは目を細めた。昴の思惑を察し、小さく「なるほど」と呟く。

「代々の聖骨家でそんなことが出来たヤツはいないね。ただ、能力は本人次第で改良できる! 同じ家系でも血族によって能力が若干異なったりするだろう? すべてはお前次第だ!」

 再び天空の暗闇に光が差し始めた。それを見上げるアンボーンは、清々しい表情であった。

「時間だ。あんたならきっとあのヒッチコックにも勝てる! 頑張れよ!」

「うん」

 昴は精一杯の笑顔を見せた。

「もっとがんばる! きっとあなたの仇を討って見せる!」

「アタシは聖骨の血を授かって戦いに明け暮れたことに後悔はない。でもさ、こんなドレス着て、こんな遊園地に来たかったと思うこともあった。男の子と一緒にね」

 アンボーンはあたりを見回した。少し寂しげな表情を見せたが、すぐにいつもの太陽のような笑顔に戻った。

「まあ、どんな生き方をしたって後悔はするよな! それなら人生やるだけやって、最後は大の字になって笑いながら死のうぜ!」

 昴は笑ってしまった。何て豪快な女だろう。

「ありがとう、アンボーン」

 アンボーンは歯を見せて親指を立てると、大声で言った。

「いいか、昴ちゃん! 迷ったらこう口に出して唱えろ! 〝エゴで良し!〟」


* * *


「何言ってんだ若造!」

「だから、彼女にはどんな強制もしないって言ってるんだ!」

「組に背くのかァ! アァ!?」

「昴のことは僕に一任するって組長に言われてるだろう!」

 流渡が誰かと口論する声で昴は目を覚ました。

 走行中のワゴン車だ。昴はその真ん中の席で毛布に包まれていた。窓の外には見慣れた天外の工業区の景色が見える。後ろを振り返ると、紅殻町工業フォートが遠ざかって行くところだった。気を失っていたのはほんの短い時間だったようだ。

 助手席に座っていたオレンジ色の髪をした少女が、ルームミラー越しに昴を見た。

「あ、起きたみたい」

「おう、聖骨の! お前の彼氏はよォ、お前の自由意志に任すとか言ってるけどよォ!」

 ハンドルを握った、シルバーに染めたモヒカンの男が昴に怒鳴った。

「そんなワケには行かねえからな! 縄で縛ってでも組長んとこに連れてくぞ!」

 すぐさま昴の隣に座っている流渡が声を上げる。

「ダメだ! 昴が行きたくないって言うなら連れて行かない! 強制はしないって約束したんだ!」

「だからよォ! テメエは肋組の自覚っつうか、覚悟ってモンが……」

「行く」

 昴が言った。

 男二人は口を閉じ、振り返った。モヒカンが聞き返す。

「ア?」

「リューちゃんと行く。えらい人と会わせて」

 流渡は昴を見つめた。驚きと喜びが一緒くたになった表情をしている。

 昴は顔をしかめて彼の胸を手で押した。

「抱きつくのはやめてね」

「う……うん」

 モヒカンがヘッと鼻で笑い、オレンジ髪の女は気に入らない様子で昴をじっとりと見ている。

 昴は考えた。父は、流渡に殺された人々は、これまで出会った人々は、この世界は、自分を許さないだろうか? 自分が流渡を許すと決めたことを咎めるだろうか?

〝どうするにせよ、俺は必ずお前の側につく。仲間だからな〟

 以前日与にかけられた言葉を思い出すと、勇気が出た。自分は一人じゃない。

(ありがと、日与くん)

 昴は涙を拭い、心の中で日与に礼を呟いた。次の言葉は口に出して呟いた。

「エゴで良し!」


(続く……)


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