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嵐の前(3/4)

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3/4

「花切さんと話したいことがたくさんあるの。二人ともまた後で」

 永久は花切と連れ立って玄関に向かった。ドアが閉まりきらないうちに、永久が大声で泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

「花切さん! 花切さぁん! 会いたかったよー! うわーん!」

「ちょっと、ドアが閉じてないわよ! あのコたちに聞かれちゃうでしょ」

 部屋には日与と昴だけが残った。

 二人はベランダでコーラを飲みながら何気ない雑談をした。離れていた時間はわずかだったが、十年ぶりに再会した親友のように話したいことがたくさんあった。

「日与くんに彼女? へええええ! どっちから告白したの?」

 弟の恋愛事情に興味津々の姉といった昴の態度に日与はうんざりした。

「いや、彼女ってとこまでは行ってない。はっきり好きって言ったわけじゃないんだ……恋愛に興味ないんじゃなかったのかよ?」

「日与くんのには興味あるんだよ」

「弁当は作ってもらったぜ」

「私もライオットにお弁当作ったことあるよ。ライオットの好きなものいっぱい入れて」

「結局誰が食べたんだ、それ?」

「え? 自分で」

 二人は笑いあった。

 日与は言った。

「で、お前は腹を決めたのか?」

「うん、決めた!」

 昴はきっぱり言い切った。

「修行を積んで聖骨家の力をパワーアップして、リューちゃんの血族の力を永遠に封じて人間レベルに戻す」

「それであいつを許す?」

「うん。それが私の出した結論。精一杯のライン」

「つまりお前は流渡とは友達のままでいて、俺たちを裏切るわけでもなくて、通りすがりの人間全部の面倒も見るのか? この先ずっと、一人で?」

「あれ? 誰か助けてくれるって言ってなかった?」

 昴はにんまりして日与を見た。日与は頭を掻いた。

「ああ……お前の側に立つって言っちまったんだよなあ」

「へへへ!」

 彼女は嬉しそうに笑った。

「私ね、ずっと日与くんに憧れてたんだよ。私はリューちゃんのこと、ずっとグズグズ悩んでたから。一人じゃ何にも決められなくて。だから日与くんの即断即決がカッコ良く見えた」

 日与は少し驚いたような顔をし、昴を見た。

「俺はお前に助けられたぜ」

「え?」

「俺はいつも不安だった。自分のやってることが本当に正しいのかってな」

 日与の脳裏を棄助の姿がよぎった。

「だから、昴のいつも前向きな性格に助けられた。俺が助けられなかった人を助けてくれたこともな。お前のそういうところが好きだぜ。ありがとよ」

「えぇ……うん。こ、こちらこそ……」

 日与は笑し、拳を突き出した。顔を赤らめた昴はその拳に自分の拳をぶつけた。

「私が普通に恋愛に興味あったら、日与くんに告白してたかなあ?」

「お前は永遠にライオットの相棒なんだろ?」

「まあね!」

 血盟会と決着をつけるときは近い。こんな会話もこれが最後になるかも知れない。

 玄関ドアを叩く音がした。誰か忘れ物でもして戻ってきたのだろうか。

「見てくる」

 日与は慎重に玄関ドアに近付き、覗き穴から外を見た。信じがたい顔がそこにあった。

 日与は思い切って玄関ドアを開けた。

「よう! 芋ヨウカン持ってきたぞ」

 九楼は愛想良く笑い、手にしていた買い物袋を見せた。

 日与は相手を睨み、身構えた。

「何でここがわかった?」

「俺は何でも知ってるんだぜ。お前と話したい」

「話すことはねえ」

 昴がやってきて、日与の肩越しに不思議そうに九楼を見た。

「その人は?」

「血盟会のナンバーツーだ」

 昴はぽかんと口を開けて九楼を見た。

 九楼は手を振った。

「そう構えるな。ヨウカンやるから」

 日与は噛み付かんばかりの剣幕で言った。

「用件を言え!」

 九楼はニヤリとし、腕時計に向かって叫んだ。

「今だ! 突入しろ!」

 日与と昴は戦闘態勢に入った! ……だが、何も起こらない。九楼は大笑いし、両手の人差し指で二人を指差してウインクした。

「……なんつってな! ハーッハッハ! 俺一人さ。調子はどうだ?」

「お前のツラを見るまでは最高だったぜ」

「九百年ぶりに会った師匠に言う言葉がそれか?」

 昴が「どういうこと?」という顔で日与を見る。

 日与は九楼を睨んだまま囁いた。

「多分前に会ってるんだ。何代も前の血羽の誰かが」

「完全に血の記憶が戻るまではまだ時間がかかるだろう。まあ、その思い出話はまたいずれな」

「いい加減に言え! 何しに来た!」

「反血盟議会に情報を流してたのは俺ってこと」

「!?」

「入っていいよな?」

 日与は不承不承ながらドアノブから手を離した。

 九楼は部屋に入り、リビングの机に買い物袋を置いた。

「考えてもみろ。常盤花切と人間だけで鳳上赫の能力までたどり着けると思うか? 俺が色んなやつにちょっとずつ情報を漏らしてたのさ。座っていいか?」

「ダメだ。息もするな。空気が汚れる」

 九楼はおどけて両手で自分の口を押さえた。

「……」

 日与はうんざりした顔で訂正した。

「息はしていい。お前は血盟会を裏切ってたってことか?」

「ちょっと違う。確かに血盟会を作ったのは実質俺だし、鳳上赫を会長に押し上げたのも俺だ。だけどこの組織は最初から潰すつもりで作った。いずれお前らみたいな連中が現れたらな」

 日与は腕組みをし、眉根を寄せた。

「お前の意図がわからん」

「俺は混沌と寝た男なのさ。積み木を積み上げ、高く積み上がったら蹴飛ばして崩す。その繰り返しだ。その瞬間だけ俺は生きていること感じられるんだよ。わからんだろうな、こればっかりはな、他の家系にはな」

 九楼は自嘲的に笑い、ベランダに向かった。遠くに見える天外の混沌の光に眼を細める。

「鞍馬家の寿命は果てしなく長い。この世界に支配者が生まれては滅びるのを、俺はずっと見てきたよ。権力なんか下らねえ」

「血盟会を潰したあと、お前はどうする?」

「次の支配者を育てるさ。そいつがトップに上り詰めたら、また別の反逆者を育てる。それともお前が鳳上の代わりになりたいか?」

「要するにテメエは神気取りで他人の人生を左右して喜んでる最悪にタチの悪いクソ野郎だ」

 九楼はベランダに背をもたれかけさせ、大きく仰け反って天を仰いだ。大きくため息をつく。

「しょうがないさ。そうやって何か暇潰しでもしていないことにはな……人生は長すぎる」

 九楼はベランダを離れ、上着の着衣を正した。

「話はそれだけだ。ジャマしたな」

「もう一つだけ教えろ。お前、俺と戦ったとき本気じゃなかっただろ? 二度とも」

 九楼はキョトンとした顔をすると、あわてて取り繕ったように言った。

「そりゃお前! 当たり前だろ! あんなのは俺の三割の力だ。いや二割だな!」

 九楼は部屋を出ていった。

 日与は狐につままれたような気分でそれを見送った。


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