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梔子とヤブルー(1/5)
1/5
「グワアアアーッ!」
ドゴォ!
スチールのドアを突き破り、一人の男が屋内に吹っ飛んできた。人型のコウモリめいた姿で、胸に銀色のバッヂを付けている。
その血族は必死の思いで立ち上がると、従業員用通路をよたよたと走り出した。左腕と背中をばっさり斬られており、床にぽたぽたと血が垂れる。
彼はブラッドサッカー。血盟会に所属する銀バッヂの血族だ。突然襲撃され、あわてて自分のアジトに駆け込んだところだ。懐からスマートフォンを取り出し、血盟会の事務所にかけた。
「こちらブラッドサッカー! おい、救援はまだなのか! これで何度目の要請と思ってるんだ! あいつだ、人斬りの……裏切りやがった……」
振り返った瞬間、ブラッドサッカーの手からスマートフォンが落ち、床に転がった。ブラッドサッカー自身の首と同じく。
その隣をするりとすり抜けるようにしてすれ違った男がいた。
チン。
静かな音を立てて刀を鞘に納める。
首からスプリンクラーのように血を噴き出し、ブラッドサッカーは倒れた。
廊下の奥からどたどたと足音がし、アンデッドワーカー数体を引き連れた新たな血族が現れた。胸に銅色のバッヂを付けている。
「貴様……人斬り斬逸! 血盟会を裏切ったな!?」
ブラッドサッカーを殺した男、斬逸は不敵に笑った。
「刀鬼家抜刀流斬逸。契約期間ってモンがあるんだよ。それが切れたらお前らの側に立つ義理はねえ」
「それで今は肋組が放った骨を咥えているのか、犬め! 恐海家のエイトフット!」
エイトフットの背中から八本のタコめいた触手が伸びる!
同時に斬逸が動いた。アンデッドワーカーたちの合間を音もなくするりとすれ違う。パチンと音を立てて刀を鞘に納めると、エイトフットとアンデッドワーカーたちの頭がばらばらと床に落ちた。
斬逸はエイトフットとブラッドサッカーの首を拾い上げ、レジ袋に入れて口を縛った。手柄を立てた証拠が必要だ。
着信があり、斬逸は無線イヤフォンに耳を傾けた。永久からだ。
「そっちは?」
「今片付いた」
「お疲れさま。次はポイント五四四へ。手ごわい血盟会がいるらしくて、肋組が手こずってるわ」
「了解」
斬逸は二つの頭を提げて血盟会アジトのビルを出た。
街灯のテレビモニタは天外各地で次々に起きている襲撃事件を中継している。同時多発テロ、ヤクザの大規模抗争などの憶測が飛び交っている。
終末カルト教徒はことさら声高に終末の到来を唱え、ツバサ系列の工場のいくつかでは暴動が起きた。混乱に乗じた暴徒がショッピングモールを襲撃し、略奪と火災があちこちで発生している。サイレンが鳴り止まない。
その一方で、素知らぬ顔で職場へ向かう人たちも大勢いた。コンクリートのようなその表情にはいっさいの関心がない。すべてはテレビとスマートフォンの中で起きているだけの他人事なのだ。
ここは天外。雨ざらしの地獄と呼ばれる市《まち》である。
斬逸は壁を蹴ってビルの屋上に駆け上がると、ビルからビルへと飛び移り、次の目標に向かった。
* * *
「ううん……こっちは大丈夫。梅ちゃんは? そう。良かった! ううん……あ、ごめん、ちょっと今バタバタしてて。それじゃね」
リップショットは電話を切った。瞬時に大型拳銃ドレッドノート88を抜いて振り返る!
背後にいたブロイラーマンは銃を突きつけられ、リップショットの頭に振り下ろそうとしていたチョップを止めた。おかしそうに笑う。
「惜しい!」
「ふざけないでよ! 撃っちゃうとこだった」
少し怒ったリップショットだったが、ひとまずはブロイラーマンの無事を知ってほっとした。
黄泉峠の大きな交差点の近くだ。汚染霧雨が降る時代に入ってから放棄された国道で、今ではひび割れ、異態進化した植物に覆われて樹海に没している。古代遺跡めいた様相だ。
「ブロ! 永久さんから聞いたよ。アンチェインをやっつけたって?」
「ああ。だいぶキツかったけどな。そっちは?」
「これから。ずっとくっついて来てるヤツがいる」
ブロイラーマンは振り返り、周囲の殺気を探った。五感は血羽のほうが優れているが、血氣の察知能力は聖骨家が上回る。
リップショットは交差点の一方向を指差し、眼を凝らした。
「すごく強い血氣。向こうはそれを隠そうともしてない……来た!」
彼女が指差した方向で、野鳥がギャアギャアと鳴き声を上げて飛び立った。
男が一人、気楽そうな足取りで現れた。テカテカしたラバー素材のSMめいたロングコートに、口元以外をすっぽり覆うラバーマスクを着けた奇妙ないでたちだ。露出している口には唇がなく、歯と歯茎だけが剥き出しになっている。
その男はおどけて帽子を取るふりをした。
「ドーモドーモ、蜜衣《みつぎぬ》家の梔子《くちなし》です」
「聖骨家のリップショット」
「血羽家のブロイラーマン」
梔子はブロイラーマンに眼をやり(マスクに覆われているがいかにしてか前が見えているらしい)、嬉しい驚きとばかりに声を上げた。
「おおっと、聖骨家を追っていたらニワトリが追加ボーナスしょって来ましたか! 何たる幸運」
ブロイラーマンはせせら笑った。
「アンチェインは死んだぜ」
「何と!?」
梔子は驚いたあと、思案げに顎をさすった。
「フーム……ということは、彼の遺した財産は私のものですね。至極当然でしょうなあ、だって仇を討ってあげるんですからねェ」
「ま、テメエの葬式代くらいにはなるだろうよ」
リップショットは口をぱくぱくさせたが、何も言えなかった。ブロイラーマンのように気の利いたセリフを言いたかったが何も思いつかなかったのだ。
「アンチェインさんはちょっと暑苦しい人でしたが、結構な使い手でした。でもしょせんは馬鹿力頼みの血羽! 蜜衣家はそうは行きませんよォ!」
梔子は突然、口から大量の液体を吐き出した。
ドドドド……!
人体の堆積量をはるかに超えてあふれ出てきたものは、薄い青色をした大量の粘液だ。それはアメーバのように動いてたちまち梔子を包み込み、直径八メートル近い巨大な球体となった。
アメーバ球体の中央部分に浮かんだ梔子は言った。
「スゴイでしょう! 蜜衣家は魔獣使いの流れを汲んでましてねェ、スライムの操作に特化した家系なんですよ!」
彼が喋ると血氣生成スライム全体がぶるぶると震えて声を発した。
ズリュッ。
スラムに赤ん坊めいて丸っこい両手両足が生える。
「ハァーッ!」
スライムが大きな片手を振り上げ、拳を地面に振り下ろした。
ドゴォオ!
ブロイラーマンとリップショットは両側に飛んでこれをかわした。ほんの一瞬前までいた場所のアスファルトが砕ける。
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