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18.佐次郎と稲日(2/4)

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2/4

「良かった」

 稲日は日与の頭を撫で、心からほっとした様子で言った。

 佐次郎は日与を抱き上げ、客用の寝室に運んだ。ベッドに寝かされた日与は睡魔に必死で抵抗し、佐次郎の腕を掴んで言った。

「俺のスマホ……どこにある?」

 稲日がナイトテーブルの引き出しを開くと、申し訳なさそうな顔でスマートフォンを日与に見せた。潰れて壊れている。

 日与は失望し切った顔で、ぐったりと寝床に沈み込んだ。

「兄貴に電話しねえと……無事を……確かめないと……」

 すぐにその言葉は寝息に変わった。

 佐次郎は稲日に言った。

「帰るんなら送る」

「やめてよ。母さんがイヤな顔する」

「じゃあタクシー代くらい持ってけ」

 断ろうとする稲日に佐次郎は金を押し付けた。稲日は渋々礼を言ったものの、その眼には余計なおせっかいだと言わんばかりの苛立ちが見えた。

 稲日を見送ったあと、佐次郎はリビングに吊るしたサンドバッグを思い切り殴った。
 ズバン!

 歯噛みして苛立ちを押し殺す。

「……クソッ」

 ギシギシと前後に揺れるサンドバッグをしばらく見つめたあと、佐次郎は仕事に行く支度を始めた。


* * *


 ガシャア!
 佐次郎は町工場のドアを蹴破り、腹の底から怒鳴り声を上げた!

「及川《おいかわ》社長を出せゴラァ!」

 ツバサ系列の下請けで、工業部品を作っている小さな工場だ。佐次郎とその部下三人がずかずかと中に入って行くと、おびえた従業員たちが後ずさりした。

 工場奥の事務所から作業服姿の男が出てきて、おずおずと頭を下げた。噴き出した脂汗で禿げ頭が光っている。

「こ、これはこれは! 赤江《あかえ》金融さん! どうも、わざわざ……」

「社長よォ、アンタの泣き落としでもう一週間だけ待ってやったぞ! 金は出来てんだろうな? ああ?」

「で、出来ていません……」

 佐次郎の額に青筋が浮き、ギロリと目を剥いた。

「ア!?」

「申し訳ありません!」

「返済はできねえってことかい?」

「はい……」

「そうかい、そんじゃあ約束通り地所はもらうぜ。譲渡契約書にサインしろ!」

 佐次郎は無慈悲にも書類を突き付けた。

 地面にこすり付けんばかりに頭を下げた及川は、ちらりとその書類を見た。おびえ切っているにも関わらず、その目には反抗の色を見せている。

「工場は渡しません。お金も返しません! そもそもあんな金利はメチャクチャだ!」

「フザケんなコラァ!」

 佐次郎は及川の後頭部に拳を振り下ろした!
 ドゴォ!

「ゲエーッ!?」

 カエルのように床に這いつくばる及川!

「ハッキリ思い出せるように血の巡りを良くしてやる!」

 佐次郎はさらに何度も靴底で及川を踏みつけながら怒鳴った。

「ウチがカネを貸すときこの金利でいいかとテメエに聞いたよな!? 返せなきゃ地所をもらうとも言った! で、テメエの返事は何だった?! 〝ハイ〟だ! 違うかコラァ!?」

「やめてください! ああ……お父さん!」

 事務所にいた及川の娘が止めに入ろうとするが、従業員たちに阻まれた。

 佐次郎は容赦ない暴力を振るっているように見えるが、実のところ手加減している。目的は及川に要求を飲ませることであって、叩きのめすことではないのだ。

 だが及川は反抗の意思を崩さない。床にうずくまり両腕で頭を抱えた無抵抗の姿勢のまま、搾り出すように言った。

「か、カネは……返せません……工場も渡さない……グフッ!」

「見上げた根性だな! 天外港に沈んでも同じことが言えるか、ああ?!」

 そのとき、背後から冷徹な男の声が割り込んだ。

「待て」

 その男は車を降り、工場に入ってきた。佐次郎はさっと脇に退いて場所を空け、頭を下げた。

「赤江社長」

 現れたのは高い背広を着込んだ、三十くらいの男である。眼鏡の奥で冷え切った刃のような瞳が光っている。

 赤江が煙草を取り出すと、佐次郎が眼にも止まらぬ素早さでライターを取り出し、火をつけた。赤江は煙を吐き出し、及川に言った。

「及川さん、おおかた用心棒でも雇ったのだろう。どこの誰だ?」

 及川は鼻血を流しながら笑った。

「へへへ……もう来てますよ」

 工場の表に黒い高級車が乗り付け、五人の男たちが降りてきた。彼らの発散する殺気をすぐさま汲み取り、佐次郎たちは臨戦態勢を取った。

「何だテメェコラァ?! 取り込み中だぞ!」

「おうおう、躾のなっとらん犬どもが」

 先頭に立った背広の男が凶暴に笑って言った。

「大人しく自分の犬小屋でクソでも垂れておればいいものを」

 佐次郎は男たちの胸元にある、骨めいた材質で出来たバッヂに目を細めた。血盟会の系列である佐次郎たちの組織と敵対しているヤクザ、肋《あばら》組だ。

 肋組の男が言った。

「貴様らの悪辣なやり口は見過ごせんなあ! よって我らの組がこの工場の面倒を見ることになった。犬どもには理解できまいが、これが義侠だ」

 前に出た赤江が鼻で笑う。

「義侠だと? 笑わせるな、三下! 大方こいつらに密造銃でも作らせるつもりだろう!」

「吠えるな、犬。狂骨家の刀骨鬼《とうこつき》!」

 男は名乗りを挙げ、両手を掲げた。その手首からずぶりと音を立てて骨の刀が飛び出した。

 対して赤江も血族としての名を名乗り返す。

「魔針《ましん》家のスティングレイ! お前ら、かかれ!」

「「「うおおお!」」」

 血族二人がぶつかると同時に、その部下たちも否応無しに乱闘を始めた。短刀を抜いた肋組員たちがこちらに切りかかってくる!

 佐次郎は舌打ちし、ポケットからブラスナックルを取り出して右拳に装着した。巧みな足さばきで相手の短刀のひと突きをかわし、顎にカウンターパンチを入れる!
 ドゴォ!

「ゴヘェ!!?」

 顎の骨を砕かれ、肋組員は倒れた。

 その一方で血族両名は工業機械の合間を飛び交い、人間の眼には追えない速度で超高速戦闘を繰り広げている。

「シャアアーッ!」

「ナメるなァーッ!」

 逃げ惑う従業員や両陣営の組員を巻き込んでいるが、それに構う様子はない。血族にとって人間など使い捨ての消耗品なのだ。

 佐次郎はとっさに頭を抱え、吹っ飛ばされた肋組員をかわした。

(俺のいないとこでやれよチクショー!)

「兄貴ィ! 助けてくれ!」

 佐次郎の部下が大柄な肋組員に捕まり、首の骨をへし折られようとしている。

「うおお!」

 佐次郎は果敢にも飛びかかり、肋組員に後頭部にパンチを入れた。
 ドゴォ!

「ア? やりがったな、テメエ!」

 肋組員はわずかによろけたものの、まるで応えていなかった。熊めいた体格である。

 部下を放り捨てると、佐次郎の首根っこをむんずと掴み、ボールのように事務所に投げ捨てた。


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