ヒッチコック(2/4)
2/4
ヒッチコックは身構えた。だがリップショットが砲口を向けたのは空中だった。
引き金を引く!
ドォォォン!
すさまじい反動にリップショットの体は数センチ後ろに滑った。
五百ミリリットルのペットボトルほどもある砲弾は発射と同時に散弾を数千発バラまいた。そのすべてがリップショット自ら聖骨の盾を施した対血氣仕様だ。
ビシビシビシビシ!
散弾が小鳥たちを撃ち落とし、群れの真ん中に穴が開いた。
小鳥たちが向きを変え、リップショットに押し寄せる。彼女が砲口を下げて身を低くすると、すかさず竜骨がその前に立って庇った。身をもってリップショットと迫撃砲を守る!
ガリガリガリガリガリ!
かろうじて防ぎ切ったのち、再びリップショットは迫撃砲を小鳥たちに向けた。
ドォォォン! ドォォォン! ドォォォン!
連射!
小鳥たちは目に見えて数を減らし、ばたばたと落ちて行く。それらは空中で黒い煙に分解し、消滅した。
「むう……!」
ヒッチコックはギリリと奥歯を噛み締めた。こんな手を用意していたとは!
砲弾が切れ、リップショットは弾薬箱を交換しにかかった。その隙にヒッチコックは両手を広げて意識を集中させた。
ピチチチチチ!
飛び交っていた小鳥たちが彼に向かって殺到し、フードの中や手袋をつけた手首に覗く暗闇の中へと吸い込まれていく。分散していた血氣を自分の一部へと戻したのだ。
弾薬箱を交換したリップショットが、砲口をヒッチコック本体に向けた。だがその瞬間にはもう、ヒッチコックは彼女の目の前にまで迫っていた。
「ふんっ!」
ゴッ!
後ろ回し蹴りが迫撃砲の側面に命中! その一撃で砲身が針金のように折れ、リップショットの手からもぎ取られて吹っ飛んだ。二度と使えまい。
ヒッチコックは名乗った。
「凶鳥家のヒッチコック」
声色は落ち着いているが、空気を震撼させるような威圧感があった。二人はそれに呑まれまいと名乗り返す。
「聖骨家のリップショット!」
「狂骨家の竜骨!」
竜骨が血気盛んに言った。
「凶鳥の力はもう使えないだろ。だいぶ数が減ったからな!」
「イキがるな、ガキめ」
竜骨の言葉に反し、ヒッチコックには凶鳥でこの二人をくびり殺すだけの血氣はまだじゅうぶんある。だが数を減らした小鳥では時間がかかるし、消耗も大きい。ブロイラーマンを相手にする余力を残しておかねばならない。
肉弾戦に持ち込み、この二人を確実に殺すべし! ヒッチコックは早々に結論を出し、言った。
「聖骨家、お前より格上のアンボーンがなぜ俺に破れたと思う」
「他の刺客との連戦ですでに大ケガしてたからでしょう! でなければアンボーンはあなたなんかに負けてなかった!」
「それは正解と言えん。あの女も俺の力を見誤っていたからだ。俺の能力を完封すれば勝ち目はあるとな。お前は愚かにも今、アンボーンの負け戦を再現しようとしているのだ」
竜骨は腰を落として構えを作った。体軸をほとんど揺らさない、清流のようにゆっくりとした動きでヒッチコックの背後に回り込む。
一方、リップショットは白骨の右手から折り畳みナイフめいて骨の刃が飛び出した。左手にはドレッドノート88を抜いている。
ヒッチコックは両者に挟まれる形になった。正面にリップショット、背後に竜骨。
研ぎ澄まされた刃のような緊張感が立ち込めた。冷たい夜気の中に汚染霧雨が音もなく降り続けている。
「ヤーッ!」
リップショットが動いた。同時に竜骨も前に出る!
「セアァア!」
リップショットはヒッチコックに飛びかかりながら右手の刃を突き出した。
ヒッチコックはその切っ先を人差し指と中指で挟んでピタリと受け止めた。恐るべき技の冴え! パキンと音を立てて指で切っ先を折り、リップショットの胴体に蹴りを入れた。
ドゴ!
「ぐえ……」
即座に蹴った足を引いて後ろ蹴りにし、背後に迫った竜骨の顔面に入れる。
ドゴォ!
兜が軋みを上げ、竜骨は後ろに吹っ飛ばされた。
「……!」
ヒッチコックは静かに息を吐き出し、両手の指を軽く開閉させて具合を確かめた。
リップショットと竜骨はすぐに立ち上がり、構え直す。二人はヒッチコックを中心にゆっくりと時計回りに回った。
正面に回った竜骨が仕掛けた。
「セアア!」
愚直なまでに真っ直ぐな拳だ。左右の連打から強烈な下段蹴りへの連携!
背後に回ったリップショットが攻撃に加わった。白骨の右手を振るって斬り付ける!
ヒッチコックは竜骨の攻撃を片手片足で軽々といなし、防いだ。その一方、逆の手の人差し指一本でリップショットの斬撃をやりすごす。刃の側面に指を当ててそらしているのだ。
リップショットが左手のドレッドノート88を向けた。
ドォン! ドォン! ドォン!
ヒッチコックは眼にも止まらぬ速度で手を振り、三発の銃弾を掴み取った。手を開くとバラバラと銃弾が落ちた。
後ろにいる竜骨の胸倉を掴むと、リップショットに雑に投げつける。
「「!!」」
ドゴォ!
リップショットたちは二人まとめて後ろの木の幹に叩きつけられた。
ヒッチコックは二人に向き直った。左腕を脇に引きつけ、右手を開いて引き絞る。すさまじい血氣が右手に集中している。
「コォォ……!」
「リップ!」
竜骨が前に出て構えた。メキメキと音を立てて鎧が変形し、防御主体の分厚い装甲となる。
「ダメ、リューちゃん!」
リップショットがとっさに彼を抱えて共に地面に伏せた。
チュン!
その瞬間、ヒッチコックの水平斬りチョップが一閃した。
大木の幹に横一文字に線が入った。木の上の部分がゆっくりとずれ、地響きを上げて地面に倒れた。リップショットが振り返ると、切り株の切り口が焦げて白煙を上げていた。
リップショットと竜骨はあわててその場を離れ、距離を置いた。
ヒッチコックは静かに言った。
「どうした。終わりか」
次元の違う手練れだ。触れることすら適わない。
次はヒッチコックが前に出た。竜骨は果敢にもこれを迎え撃つ。
「セェアアア!」
竜骨の鋭い踏み込みを入れながらの肘撃ち!
ヒッチコックは微動だにせずこれを片腕で防ぎ、お返しとばかりに拳の左右連打を放つ。単純な連携だが速く、重く、滑らかだ。
ドゴゴゴゴゴゴ!
最初の数発こそやりすごした竜骨だが、数手ですぐに追い込まれた。防戦一方となる。
「ヤーッ!」
リップショットが助けに入るが、そちらの攻撃も余裕でいなしつつ、ヒッチコックは竜骨に水平斬りチョップを放った。
竜骨はこれを腕でガードする!
ゴキャッ!
「……!」
竜骨は呆気に取られた。ガードした腕を折られている。
さらにヒッチコックは竜骨の右足に下段蹴りを入れた。
ドゴォ!
ゴキリ!
斧で刈り取るように強烈な一撃だった。装甲が破られ、さらに自らの脛の骨が折れる音を竜骨は聞いた。血氣生成した鎧を突き破ってなおこの威力!
「竜骨……!」
ヒッチコックは悲鳴を上げかけたリップショットの首を掴み、五指に力を込めた。そのまま宙に彼女を吊り上げる。
「……!」
リップショットは息苦しさに苦悶の表情をし、足をばたつかせた。
「やめろォ!」
「死ぬのはお前からだ」
ヒッチコックは竜骨に無慈悲に言い、体勢を崩した彼の左胸にチョップ突きを入れた。
ドゴ!
指先が鎧を貫き、肉へと潜り込む。
「むう!」
ヒッチコックは感触ですぐに察した。心臓に届いていない。竜骨は全血氣を瞬間的に胸部に集中し、装甲を厚くしてかろうじて止めたのだ。
「ハァッ!」
竜骨は息を吐き、左足で上段蹴りを放った。右足が折れているにも関わらずだ。
ヒッチコックはリップショットを投げ捨て、これを防御した。彼は眼を細めた。竜骨の折れた手足は、新たに血氣生成した装甲に厳重に包み込まれていた。ギプスのように強引に固めて折れた四肢を支えているのだ。
いったんリップショットと竜骨は下がった。
竜骨は懐から小さな拳銃型の注射器を取り出し、自分の首筋に打った。
プシュン!
天然麻薬《オー》の抽出液だ。すぐに苦痛が消え、鈍い痺れに変わっていく。さらにカルシウムの錠剤を取り出して口に放り込む。