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17.VS.九楼(2/3)

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2/3

「ぐ……」

 体勢を崩してたまらず後ずさりするブロイラーマンに、九楼は扇子を開いて軽く振った。

 そのとたんに猛烈な風が逆巻いてぶつかり、ブロイラーマンは数メートルも吹っ飛ばされて床を転がった。

 受身を取ってすぐに立ち上がったブロイラーマンだったが、その拳は戸惑いともどかしさに震えていた。こちらは最初から全力なのに、向こうはまるで本気になっていない。これまで戦ってきた血族と違い、異次元の強さであった。

 ブロイラーマンは自分が土俵から横綱を押し出そうとしている幼稚園児であるかのような錯覚に陥った。その場から相手を一歩動かすことすらできない。

「血《ち》が一朝一夕で血肉になること能《あた》わず」

 九楼は気取って扇子を振り、口元を隠した。相手の不様を笑っては失礼とでも言うように。

「鞍馬家に伝わる血族のことわざでね。〝知識として知っているからって実際にできるわけじゃないよ〟ってこと」

(殺せ! 殺せ! 血の一滴も残さず焼き尽くして殺せ!!)

 ブロイラーマンは満身創痍でなお怒りに全身を沸騰させた。握り込んだ拳がギシギシと音を立てる。

(こいつを! ブチ殺せ!)

 ブロイラーマンは足場に拳を叩きつけた。

「ウオオオ!!」

 ドゴォオオ!!
 マンション天井が破壊されて抜け、ふたりは下の階層へと落下した。

 周囲にはもうもうと煙が舞い上がったが、ブロイラーマンは相手の気配を察知している。黒い人影に向かって野球投手めいて大きく振りかぶると、右の拳に全身全霊を込めて握り締めた。

「ウオオオオラアアアッ!」

 踏み込みながら真っ直ぐに拳を突き出す! 対物《アンチマテリアル》ストレートだ!

 バシン!

「……!!」

 九楼は片手で彼の拳を握り込んで止めた。

 ブロイラーマンは驚愕に眼を見開いた。

(バカな! 今のは全力だぞ?!)

 すぐさま九楼はブロイラーマンの腕に抱きつき、竜巻じみて体全体を高速回転させる! 天狗の流れを汲む鞍馬家の家系は風を司るのだ!

 鞍馬家奥義、旋風鎌《つむじがま》!
 ボキボキボキ!! ブチィッ!

「グワアアアアア!!」

 雑巾を絞るようにブロイラーマンの右腕がねじ切られ、血が噴き出した。ブロイラーマンは傷口を押さえてのたうった!

「アアア! アアアアア!」

「俺の片腕《インフェルノ》を奪ったお返しだ。身の程を思い知っただろ? ん?」

 九楼はねじり切った腕を投げ捨てて笑った。その瞬間、ブロイラーマンは九楼の顔面に左拳を叩き込んだ。

「ウオラアアア!」

 ドゴォ!!
 もんどりうって倒れた九楼に、ブロイラーマンはくちばしから血を吐いて叫んだ。

「〝NO!〟だ」

 そのとき、永久から通信が入った。

「ブロ、爆弾が爆発するまで時間がない! 撤退して!」

 だがブロイラーマンにその言葉は聞こえていない。聞こえていたとしても返事は〝NO〟だろう。片腕のブロイラーマンはすべての判断をかなぐり捨てて九楼に殴りかかった。

「オラアアアアア!」

 その瞬間、九楼の連続蹴りが閃光のように行き交った。彼は風で蹴りを超加速できるのだ!
 ドシュドシュドシュドシュ!!

 その場に膝を突いたブロイラーマンの胴体に赤い線が縦横に走り、激しく血が噴き出す。

 そのままうつ伏せに倒れようとしたところを、九楼が片足の鉤爪でネクタイを掴んで支えた。

 ブロイラーマンは相手を見返した。片腕を失い、血も体力も残り少ないにも関わらず、その眼から怒りの熱が衰えることはない。そこにいるのは激怒の塊であり、死ぬまで戦い続ける血まみれの闘鶏であった。

 九楼は奇妙な面持ちでその目を見返している。更生した元生徒の不良少年と再会した教師のような、妙に嬉しそうな顔だ。

「ウワアアアアア!!」

 そのとき突然、第三者の声が割り込んだ。狂ったように九楼の背にすがりついてきたのは、血まみれの疵女だ!

「お前も味わえ! お前も! あの子の痛みを!」

「?!」

 ギフト! 疵女の全身から発した黒い霧が流れ込むと同時に、九楼の胸に傷口が広がっていく!

「ぐおおお?!」

 九楼は竜巻を身にまとって疵女を弾き飛ばした。壁に叩きつけられた疵女を蹴りで切り刻む!
 ドシュドシュドシュドシュ!!

 彼女を赤黒い肉塊に変え、ブロイラーマンに振り返ったとき、九楼の懐でスマートフォンがアラームを発した。取り出して画面を見ると、爆弾の起爆まであと五分と表示されていた。

「おおっと! 名残惜しいがここで拍子木だ」

 九楼は再び背に翼を作り出し、ふわりと浮かび上がった。つま先を革靴に包まれた人間のものに戻すと、苦笑して殴られた頬を撫でた。

「顔面に入れられたのは久しぶりだぞ。褒美に汚染霧雨を降らせている血族の名を教えてやろう。鳳上赫だ! といっても今から死ぬ貴様には無意味だろうがな」

「殺す……必ず……殺す! そいつも、テメエも……!」

 羽根音が遠ざかって行く。

 ブロイラーマンは倒れたままうわごとのように呟き続けた。

「殺す……!」


* * *


「リップ、もう逃げて! 時間がないわ!」

 リップショットは工場の合間を縫って全速力で走りながら、通信機の永久に答えた。

「もう少し……もう少しだけ待って! こっちに逃げた女の子がいるみたいなんです!」

「もう待てないわ!」


* * *


 工業区南。

 ビシャモンは逃げ回る善十の上に覆い被さった。一本の虫脚が善十の脇腹を貫く!

「うぐっ!」

「アッハッハ! やっと当たったァ! アハハハ……」

 ビシャモンは後ろ足で立ち上がり、嬉しそうに上半身をゆらゆらさせた。その目には弱者をなぶる邪悪な愉悦に満ち溢れている!

 善十は血が噴き出す脇腹を抱え、なおも這いずって逃れた。

「おのれ、バケモノめがァ……ナメるな……」

「ほーらほら逃げろ、逃げろォ。チョッキンしちゃうぞォ! いい加減ニワトリ野郎どもがどこ行ったか言えよォ。他の課員からは連絡ないしさァ」

「うぐぐ……」

 善十が向かう先はメタルストームである。彼は必死の形相で死体の手からドレッドノート88をもぎ取った。

 それを見ていたビシャモンはおどけたように「おおっと!」と言って両手を上げた。ニヤつきながら上半身をゆらゆらさせる。

「撃ってみろよォ。当たるかなァ~?」

「あっちなら当たるぞ!」

 善十が銃口を向けた先は……爆弾である! ビシャモンはぎょっとして一歩下がった。

「待てよオイィ、本気じゃないよなァ?!」

「ナメるなァ! このまま殺されるくらいなら道連れにしてくれるわ!」

 善十が張り上げた怒鳴り声にビシャモンは気圧され、さらに一歩下がった。

「ウソだァ、できっこねェ~……あ?!」

 ビシャモンはスマートフォンのアラームが鳴ったことに気付き、取り出した。同じくメタルストームの死体の懐でも鳴っている。それは滅却課全員があらかじめセットしておいた、起爆五分間の報せであった。

 ビシャモンののっぺりとした顔が真っ青になった。

「うお、忘れてたァ! こんなことしてる場合じゃねェ~! チクショウ、ごめんなァバットボーイくん、カタキ討てなかったよォ」

 ビシャモンはもはや善十などには目もくれず、あたふたと一目散に逃げ去った。

 残された善十は息をついて銃を降ろした。実のところ銃弾はすでに撃ち尽くされていた。それを投げ捨て、這って爆弾の元に戻った。

「負けるかァ……この程度で……」

 脇腹から血があふれ出ている。たった数メートルの距離が何千キロもあるように感じられた。それでも善十は爆弾に向かった。殺された妻のために。

「すまねえ……本当にすまねえ……おめえが生きてるうちに恩を返せなくてよう……」

 ようやくたどり着いた爆弾に体を押し上げた。命のすべてを懸け、意を決して最後のコードを切断した!


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