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16.VS.疵女(2/3)
2/3
疵女はチカチカする眼をこすりながらコンパクトを拾い上げ、部屋から飛び出した。腕に二発銃弾を受けているが、物ともしていない。
「ああ! 課長に怒られちゃうじゃない」
F.Fを引きずって廊下を走る永久姿が見えた。四機あるエレベーターのうちの一番エレベーターに入ったところだ。
こちらに気付いた永久が拳銃を撃った。
バン! バン! バン! バン!
ギギギギン!
疵女はコンパクトで銃弾を弾きながら二人に肉薄する!
「ウワアアア!」
F.Fが狂ったように「閉」ボタンを連打してドアを閉ざした。疵女の眼と鼻の先でドアが閉じ、エレベーターは地階に向かって降り始めた。
「クソ!」
疵女は悪態をつきながら両手をドアにかけた。
メキメキメキ!
血族の怪力でドアをこじ開け、エレベーターシャフト内へと飛び込んだ。落下の勢いを利用した蹴りでエレベーター天井板を突き破る!
ドゴォ!
ビーッ!
衝撃で安全装置が作動し、エレベーターは警報を鳴らして十階で緊急停止した。
エレベーター内部に着地した疵女に、永久が拳銃を向けた。疵女は永久の手を掴んで真上に銃口を反らした。
バン!
疵女は逆の手でバタフライナイフを開き、立て続けに永久の胴を突いた。
ドッ! ドッ! ドッ!
「あっ! ぐっ……」
苦痛に悶える永久に喜悦の表情を浮かべ、疵女は舌なめずりをした。致命傷は与えていない。外科手術並みの精度であえて急所を外したのだ。
「どこの誰だか教えてくれるまで殺しませんよォ」
永久は懐からコーヒー缶ほどの大きさのものを取り出し、歯でピンを引き抜いた。
キンッ!
それを見たF.Fがぎょっとして床を蹴り、必死に彼女から離れようとした。
「ちょ……ちょっと待て! 嘘だろ!? おい!」
永久は挑戦的に笑い、手に握り込んでいるものを疵女に見せた。手榴弾だ。あとは手を離せばレバーが外れて爆発する(*)。この距離なら例え血族でもタダでは済まない。
疵女はいぶかしむように永久を見、それから嘲笑った。
「つまらないブラフですね」
「そう思う?」
「ンー、だってあなた、F.Fさんを奪いに来たんでしょう。なら彼までフッ飛ばすわけにいかないでしょ」
永久は一瞬も疵女から女を離さない。狂熱を伴った意思力がその眼にあった。それは婚約者が死んだその日からずっと永久の中にある。
永久は身じろぎもせずF.Fに言った。
「F.F、自分の身体で義眼を守りなさい」
「え?!」
「義眼はわたしの仲間が回収してくれる。あなたたちが命を懸けたものを守ってくれる! わたしも守る! 命を懸けて!」
「……」
F.Fはガチガチと歯を鳴らしながら、うずくまるように全身で義眼を覆った。
「ウワアアアア! チクショウ、ナメんじゃねええええ!」
彼もまた破れかぶれの覚悟を決めたのだ!
疵女はごくりと唾を飲む。一触即発!
停止したエレベーター内部は三者の息詰まるような緊張感に凍り付いた。じりじりと時間だけが過ぎていく。
永久の胴に開いた傷から少しずつ血がしたたり落ちていくのを見、疵女は考えを巡らせた。
(手順確認。失血で集中力が途切れるのを待って、お姉さんの心臓を一突きにして殺す。すぐジャンプして天井の穴から逃げる。ドカーン! F.Fが身を挺して守った義眼を回収する。余裕、余裕! どうってことない)
ぽたりとまた一滴、永久が左手で押さえている傷口から血が落ちた。もう少し待つ。もう少しだけ……
そのとき突然、上から降ってきた何かがエレベーター内に着地した。
スタッ!
「えっ?」
疵女は呆気に取られた。
疵女に立ちはだかったのは、怒りを秘めた目の男だった。紅蓮の炎のような鶏冠を持つ雄鶏頭の血族である!
「オラアアアア――――――ッ!!」
全力のストレートパンチが疵女の顔面に炸裂! ドアに叩きつけられた彼女に、さらにブロイラーマンは立て続けにパンチを叩き込んだ! 女相手でも一切の容赦無し!
ドゴゴゴゴゴゴ!
ドガァシャア!
ドアがひしゃげて破れ、疵女はエレベーターホールへと叩き出された。
疵女は床を転がって立ち上がり、血の混ざった唾を吐き捨てた。悠々とエレベーターから降りてくるブロイラーマンに眼を見開く。
「お前……ブロイラーマン?! 何で? 先輩たちは何やってたのよ!」
ブロイラーマンはポケットから取り出した銅色のバッヂをバラバラと床に落とした。バットボーイ、ビシャモン、メタルストームのものである。
「屋上に行く途中だったんだ。銃声が聞こえたもんでな。お前らのとこの課長に用がある」
「先輩たちがみんなゲロっちゃったワケですね。能無しばっかりだわ!」
ブロイラーマンに視線で促され、永久とF.Fが支え合って二番エレベーターに乗り込むのを、疵女は苦々しく見送った。
「しょうがない。おめめを大事に持っておいてね」
「血羽家のブロイラーマン!」
ブロイラーマンが高々と名乗ると、疵女は口元の血を手で拭って名乗り返す。
「闇撫《やみなで》家の疵女」
疵女はバタフライナイフをカチャカチャと振り回して見せたあと、フェンシングじみて構えた。
「さあ、殺してみなさいな、ニワトリちゃん」
ブロイラーマンの踏み込みを入れたジャブ!
ドゴ!
疵女の横顔にクリーンヒット! 一歩退いた疵女にブロイラーマンはラッシュで畳みかける! ストレート! フック! ボディブロー! フック! アッパー!
ドゴゴゴゴゴ!!
疵女はサンドバッグめいて立て続けにパンチを食らいながらも、ブロイラーマンを前蹴りで突き放そうとした。
だがブロイラーマンはその足を掴み、疵女を振り回して壁に叩きつけた。
ドゴォオ!!
「ンアアア!?」
「オラアア!」
さらに振り回して地面に叩きつける!
ドゴォオ!!
さらにもう一度持ち上げたとき、疵女は身をひねり、ブロイラーマンの顔面に蹴りを入れた。
ドゴ!
相手の手が緩むと空中で猫のように回転して着地した。
「アハハハ……ウフフ」
疵女はニヤニヤしながらバタフライナイフを手の中でスピンさせ、見事なトリックを見せた。ダメージは少なくないがほとんど応えていない。
ブロイラーマンは眉根を寄せた。
「打たれ強さがウリの奴なら前にも会ったぜ。ひき肉にしちまったけどな」
「アハーッ!」
疵女の連続突き! 常人の目には捉えることすら出来ないそれをブロイラーマンは身を沈めてかわし、アッパーで顎を打ち上げる!
ドゴム!
「アハハバブッ」
疵女は自分の顎に打ち込まれた拳を素早く掴んだ。とたんに彼女の全身から黒い煙のようなものがぞわりと立ち昇り、パンチを掴んだ手を伝ってブロイラーマンのほうへと流れ込んでいく!
「アハハハハハ――ッ!! わたしの! 痛みを! わかってください!」
*注……一般的な手榴弾の安全装置はピンとレバーの二重になっており、ピンを抜いてもレバーが外れない限り爆発しない。
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