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梔子とヤブルー(2/5)
2/5
ブロイラーマンは瞬間的に方向転換し、地を蹴ってスライムに飛びかかった。
「ウオラアアアア!」
ボヨン!
ブロイラーマンの鉄拳はスライムの表面を大きくへこませたが、水風船を押したように弾き返された。
「クソ! 何だこりゃ」
「効きませんねェ、ハッハッハ」
スライムが高々と足を上げる。踏み潰し!
ドゴォ!
ブロイラーマンは地面を転がって回避した。
一方、スライムの側面に周り込んでいたリップショットがドレッドノート88を抜いた。内部の梔子に狙いを着けて引き金を引く。
ドォオン!
聖骨家の血氣遮断能力、聖骨の盾によって弾頭をコーティングされた銃弾だ。銃弾は血氣生成スライムの表面を突き破って潜り込んだ。だが三十センチも進まないうちに粘性に捕らわれ、停止してしまった。
梔子はスライム内を漂う銃弾を興味深そうに見つめ、人差し指で触れた。
「ほほう! これが例の聖骨家の能力とやらですか。スライムの表面張力を突き破ったのは驚きですが……やっぱり効きませんねェ!」
スライムは手足を亀のように引っ込めると、全身から大量の細長い触手を生やした。そのままその場で竜巻のごとく超高速回転を始める!
ギュルルルルルル!
何百という鞭がミキサーのごとく振り回される。
ブロイラーマン、リップショットは命がけの縄跳びめいて回避に努めた。スライムの鞭は先端のみ鋼のように硬い刃のようになっており、二人ともたちまち全身に多くの浅い傷を作った。
「ブロ!」
リップショットが叫び、ブロイラーマンに鉄パイプを投げ渡した。切断された交通標識のポールだ。その先端には聖骨の盾で作られた鋭い穂先が取り付けられている。
ブロイラーマンはそれを手にスライムに接近した。飛び交う触手を桜の花びらのごとくひらひらとかわし、スライムに血羽のパワーで槍を投げる!
「オラアアアア!」
ドムッ!
スライムに槍が突き刺さる。だがやはり梔子までは届かない!
「ハッハッハ」
梔子は笑い、再びスライムを人型に変形させた。巨大な手でブロイラーマンにパンチを振り下ろす。だがブロイラーマンはその場から動かない。
あのスライムは密度を変えることができるのだ。普段は柔らかい鎧で防御し、聖骨の盾コーティングの攻撃を受けたときは粘度を上げて貫通を食い止めている。そして攻撃に回る際は部分的に硬化させている。
(柔らかい状態じゃ壊せねえ! それなら……)
野球選手めいて大きく振り被ったブロイラーマンは、振り下ろされたスライムのパンチに自分の拳をぶつけた。対物《アンチマテリアル》ストレート!
ガシャア!
硬化させていたスライムの拳が手首のあたりから砕け散った。
梔子が驚きの表情を見せた。
「おおっと!?」
「ハハ! ちょっと減っちまったな」
「いいえ、別に」
ニュルン!
砕かれた部分から新たな腕が生え、ブロイラーマンを捕まえた。同時にスライムの砕け散った部分が再び柔らかい状態に戻り、本体のほうへアメーバのように這って戻る。
「あなたたちに蜜衣家の能力は破れません。どうやらボーナスは私が総取りのようですね!」
スライムは両手でブロイラーマンを握り込み、怪力を込めた。締め上げられる!
「ぐおおお……!」
「ブロ!」
リップショットがスライムの腕に飛び乗った。白骨の腕から折り畳みナイフめいて鎌状の刃が飛び出し、スライムの指を切断する。
圧力が減ったところでブロイラーマンは自力で残りのスライムの指を広げ、握り込みから脱した。
切り落とされたスライムの指もまたすぐ本体の一部に戻った。梔子は歯茎を舌で舐めた。
「おっと、惜しかった」
ブロイラーマンとリップショットはやや離れた場所で構え直した。想像以上に厄介な能力だ。攻撃が本体まで届かなければどうしようもない。
「これじゃジリ貧だぜ!」
ブロイラーマンが唸ると、リップショットが言った。
「勢いが足りないんだ。あいつのスライムをブチ破って本体まで届くくらいのすごい勢いがいるんだよ」
「どうやって?」
「高いとこから落っこちて勢いをつけるとかどう?」
あたりは平地で高い建物などもないし、周囲の木々もそれほど高くはない。だがリップショットの表情には何か秘策があるようだった。彼女はブロイラーマンにごにょごにょと耳打ちした。
ブロイラーマンが頷くと、リップショットは永久に通信した。
「永久さん、協力して!」
* * *
天外市郊外。とある廃墟工場。
肋組が所有するアジトの一つで、現在は即席の指令室となっている。酉田たち反血盟議会メンバー、永久、花切、肋組の組員たちがブロイラーマンや傭兵たちに指示を送っているのだ。
折り畳みテーブルが大きな「ロ」の字を描くように置かれ、その中央の四方向に置かれた大型モニタが戦況をリアルタイムで映している。
市内地図の×印がついているのは血盟会のアジトだ。すでに半数以上が落ちている。
作戦の総指揮を受け持つ酉田が永久に言った。
「ブロイラーマンたちがヘリドローンを出してくれと言っている。佐池刑事、君は操作が得意だったな」
「了解。すぐに行かせます」
永久は合法麻薬《エル》の合成カフェイン飲料を飲み、ヘリドローンのコントローラーに手を伸ばした。
向かいのパソコンについている、マネキンの体に入った花切が軽口を叩いた。
「飲みすぎないで。催してもトイレに行ってる時間はないわよ」
永久は苦笑いをした。気は高ぶっているが、花切のおかげで必要以上に緊張せず冷静でいられた。
永久がヘリドローンを起動させようとしたそのとき!
「キェエエエ――――――――ァァアア!!!」
とてつもない絶叫が工場の外でし、部屋の窓ガラスをビリビリと震わせた。警備を受け持つ肋組員が慌てふためき、工場の出入り口に向かった。
パラララララ!
すぐに銃声! 加えて組員たちの怒声と悲鳴!
永久は花切と顔を見合わせた。酉田が車椅子を巡らせ、奥のガンロッカーから銃を取り出してメンバーに渡した。
「備えろ! 襲撃だ!」
サブマシンガンを手にし、傷を負った若い組員が司令室に駆け込んできた。
「ヤベエです! 市警の連中が!」
酉田が泡を食って言った。
「血族の組員が護衛についてただろ!?」
「殺られました!」
バン!
背から撃たれ、組員は倒れた。
カラン、カラン。
部屋にヘアスプレーのようなものが投げ込まれた。永久はそれをよく知っているし、訓練のときにも実戦のときにも使ったことがあった。市警の閃光手榴弾(*光と音のみ発する非殺傷兵器)だ。
「永久!」
花切が飛び上がり、永久に覆い被さった。
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