.九谷焼について(1)
こんにちは。
九谷焼いわたやの岩田です。
今回はタイトル通り「九谷焼」について、お話ししていこうと思っています。
(、、、え?好きな音楽の紹介より先にやるべきでは??)
そんな声も聞こえてきそう。
うん、たしかに。
ここでは僕なりの言葉で書いていきます。きっと足りない情報などたくさん出てくると思います。
(先に言っておきます、ごめんなさい。)
ですので、お勉強の参考資料にはしないようにしてください。笑
それでは、まずは歴史から。
***
九谷焼の始まりは江戸時代。
1655年からだそうです。
ちなみに当時の将軍は、徳川家綱。
(これだけで歴史を感じます。)
「九谷焼」は、九谷村というところで窯が開かれたことから名前が付けられたそう。
しかしこの後、
僕的には衝撃且つそそられる出来事でした。
『50年後、突然の閉鎖』
しかも、原因不明。。
今も謎に包まれていると言います。
(空白の50年、なんだか漫画に出てくるようで、調べててワクワクしました。思い返せば、九谷焼に興味を持った瞬間だったかも。)
この50年の間に焼かれたものを「古九谷(こくたに)」と呼び、現在は残っているものが非常に少なく、希少価値が高くなっている焼き物のようです。
古九谷こそ、九谷の始まり。
、、、あれ?でも閉鎖したよね?
安心してください、再び開かれます。
月日は流れ、およそ100年後のこと。
今度は金沢に釜が開かれ、
再興九谷の時代に入ったとされています。
ここからの九谷焼は、すごいと感じました。
閉ざしてた過去を取り戻すかのように、
たくさんの釜が出現します。
それぞれに個性ある作風が生まれます。
いまも受け継がれ、木米(もくべい)風や吉田屋(よしだや)風といった作風で描かれた食器が、たくさん世に出ています。
九谷焼を探してみると「◯◯風」「◯◯画風」というのをよく目にするかと思います。
それは各時代の作風を意味しているので、よかったら覚えておいてください。
最後に。
最初の釜が開かれて、360年以上経ったいま。
僕はまだ進化していると感じています。
それはまた次回のお話で。
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