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出荷調整とは何なのか、メーカー視点から解説します!

 後発品を中心とした医薬品の供給不安について発生しているのは、各報道ですでにご存知の方も多いと思います。日々医療現場で対応されている薬剤師の方や薬の確保に奔走しているMSの方には本当に頭の下がる思いです。一方で、メーカー側で何が起こっているのかということを伝える機会がないなと考えていました。メーカーとしてそもそもどのように仕入れを考え、在庫管理されていたのか、なぜ供給不安が起こっているのかということを、私個人の経験から解説していこうと思います。

その前に後発品を中心とした供給不安に関する3つの記事をまずご紹介させてください。

2021年12月12日朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/ASPDC6DRMPDBUTFK037.html

2021年12月27日西日本新聞
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/853626/

2022年2月2日産経新聞


供給不安に至るまでの経緯は事実であるのですが、この3つの記事に共通する「出荷調整」を「メーカーの在庫の出し惜しみ」としている点がどうしても納得がいかなくて…

「出荷調整」の本質、もしくは「医薬品の性質」についてあまりにも理解がされておらず、本当に取材したのだろうかと初めて記事を読んだときは言葉を失ってしまいました。私が日々残業に残業を重ねて、必死に安定供給している医薬品についてどこかで正確に伝える場を設けたい。。そんな思いで書きました。出来るだけ分かりやすい表現で、自身の経験を踏まえて書いています。メーカー側はこんなことを考えて対応しているから、現状このようになっているという理解につながってくれればいいなと考えています。
 出荷調整の詳細については3の3)対策で記載しています。

1、小話と医薬品の性質

1)一般的なお話と私が製薬会社を志した理由

 企業は様々な商品やサービスを提供する中で、利益を上げ、それをステークホルダー(株主、経営者、従業員、社会etc)に還元しています。また、継続的に経営を行って成長していかなければなりませんので、利益の一部を新商品開発や社内の効率化を図るための投資に使用します。
 これを製薬会社に当てはめたとき、どうなるでしょうか。
 ある薬が開発され、それを販売して利益が出た。その内の一部を研究開発費に回し、新薬の開発に充て、新薬の開発がされれば、それを販売して…という繰り返しの流れになります。
 もちろん新薬の開発には時間や様々な障壁があるため、こんな単純にはいきませんが、私が就職活動をしていた時に、「純粋に製薬会社ってすごいな」と感じました。というのも、もしこの流れがどんどん繰り返し行われていくのであれば、100年後か200年後かわからないけども、将来的にすべての疾患について治療薬が見つかって病気になっても平気な世の中になる、と思ったからです。
 この思いは今も同じで、私が製薬企業で勤めている理由になります。

2)一般的な商品と医薬品の相違

 さて、私が現在の業務に着任するにあたり、関連する本を読んで勉強をしていました。その一説にあったものが、一般的な商品と医薬品の違いを明確にするのに役立ちますので、曖昧な記憶ですが、ご紹介します。
「仕入れ業務は自社の利益の上限を決めることである。必要な時に在庫がなければ機会損失として販売が出来なくなるため、適切な在庫管理が求められる」といった内容でした。
 なるほど、確かに仕入れる物がなければ売りが立たないけど、上限を決めるという発想はなかったな…と読み進めていましたが、その後の一文で、ここは一般的な商品と医薬品の大きな違いだなと思いました。
 一般的な商品については機会損失という言葉で片付けられるけれど、医薬品は生命維持に必要という特性上から機会損失という言葉では片付けられない、安定供給が絶対的に必要だ、という認識を得るとともに、自分自身の仕事がいかに重要なものであるのかを認識した瞬間でした。

2、仕入れ業務とは

 日常の生活の中で何か欲しいと思ったら、皆さんはどうしてますでしょうか。コンビニやスーパーで買ったり、Amazonや楽天などのECサイトを利用して購入されていると思います。注文したらすぐ手に入る、というのが実感としてあると思います。これは消費者の側の視点で、私自身の行動でもあります。では、その物を作っているメーカー側はどのように考えて仕入れを行っているのか、というのをご説明したいと思います。

1)そもそもメーカーはどこから仕入れるか

 医薬品が製造されてから、患者さんの手元に届くまでには大まかに下記のルートです。
 工場 →製薬会社 →医薬品卸 →病医院・調剤薬局 →患者さん
 つまり、製薬会社は自社が販売する医薬品を作っている工場に発注を出して、仕入れを行っております(当たり前のことかもしれませんが…)。この「工場」と一言でまとめると何だか腑抜けた回答になりますが、「工場」といっても自社工場や他社製薬企業、はたまた製造委託先等様々な取引先が存在します。製品ごとにそれぞれの取引先と契約が結ばれており、1ロットあたりの製造数量はどれくらいで、発注から入荷までは何カ月等々事細かに決められています。例えば、国内製造の錠剤を例に挙げてみますと、
 
1ロットあたり:250万錠、発注から入荷まで:3か月、発注期日:月初から7日以内

みたいな形になっています。250万錠を100錠入りの個装箱に換算すると、25,000箱分に相当します。1度に大量に作った方が製造コストが下がりますので、錠剤のロットスケールは概してこれくらいが多い印象です。
 また、「ロット」と聞いてピンと来た方もいると思いますが、PTP等に記載されているロット番号(A001とか)は、この時に一緒に作ったものですという認識番号になっています。万が一に回収等が発生した場合には、この番号を頼りに対応する訳です。
 なお、例に挙げたのは国内製造の錠剤でしたが、これがバイアルやアンプル、もしくは海外製造品の輸入となると、また全然違う契約内容になっています。特に海外製造品の輸入となると、発注から入荷まで1年近くかかる製品も中にはあるので、仕入担当者としては頭を悩ませる製品になっています。

2)何を頼りに需要予測・仕入れを行っているか

 1)でご説明したように、メーカー側が発注してから入荷するまで、工場での生産期間が必要のため、即日では手に入りません。そのため、「先の需要を予測し、必要な分だけ仕入れを行う」という作業が仕入れ担当者のメイン業務となります。「必要な分だけ」というのも重要なポイントで、医薬品は使用期限があり、過剰な在庫は廃棄となってしまうため、営利目的企業としては避けなければなりません。
 さて、では何を頼りに需要予測・仕入れを行っているのかということをご説明します。

①全社の販売目標
 会社には経営企画部門が策定している中期経営計画というものがあり、今後何年間でこのくらいの成長を目指します、という目標設定がなされています。その目標の中に品目ごとに2022年はいくらで、2023年はいくらで、2024年はいくら売れる予定です、と記載があります。
1の2)でもご紹介しましたが、仕入れが全社の売り上げの上限を決めますので、全社の販売目標をまずは前提として頭に入れます。

②マーケティング予測
 経営企画部門がどのような過程で全社の販売目標を設定したのか、残念ながら我々は知ることが出来ません。そのため、その数字が絵にかいた餅であるのか、それとも実現可能な数字なのか、気になるところです。そういった場合に頼れるのがマーケティング部門です。販売戦略や製品のLCM(ライフサイクルマネジメント)をしているので、今後の動向を踏まえて、どれくらい製品の売り上げが立つか予測をしてもらいます。

③仕入れ部門予測
 全社の販売目標やマーケティング予測を参考に、仕入れ部門でも年間の販売予測を計画します。その際には以下の情報を総合的に判断して決めていました。
・製品のトレンド(アップトレンド、横ばい、ダウントレンド)
 過去の販売実績からどのくらい増減しているか、同じ傾向が出ていればそれが続くのかどうかの情報
・対抗品の販売実績
 新薬の場合などに特に有効なのですが、自社にトレンドを把握するすべがないため、対抗品の販売実績を参考にして、こういう流れがあったから、こうなる可能性があるといった情報

④需要予測のどれを採用するか
 最終的な仕入数量は仕入れ部門の決裁になりますので、需要予測のどれを採用するのか、というのは仕入れ部門に任されています。経験上の話にはなりますが、多くの場合、予測の高い順に、会社の目標>マーケティング予測>仕入れ部門予測、という等式が成り立ち、会社の製品に対する過大な期待に対して、仕入れ部門は現実的な数字を考えている、という結果となっていました。
 かといってそのまま現実的な数字を採用して、もし大幅なブレが生じたら安定供給が出来なくなってしまう、というリスクもありますので、マーケティング予測を上限、仕入れ部門を下限、その中間の線という3本の線を見ながら、製品ごとの状況に応じて、決定するというプロセスになることが多かったように思います。このようにして年間の需要予測が計画されていきます。

⑤仕入れ
 年間の需要予測が完了したら、後はそれをもとに毎月必要な数量を仕入れることになります。また、工場に対しては、これくらいを購入する予定です、と購入計画を提出します。

3、在庫管理業務とは

 先ほどのような需要予測をもとに仕入れ業務は行われていますが、注文した製品が工場から納品されたのか、また、世の中の需要が満たされているのかを確認しなくてはなりません。それが在庫管理業務になります。日々製薬会社から医薬品卸へ出荷がありますので、その情報が集積されていきます。通常は問題がないのですが、問題が発生するケースについてご説明します。ここが今の後発品を中心とした供給不安のポイントになります。

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