【洋服屋の自分史①】たかが洋服であっても、その人にとってはかけがえのないものがある。コート編
みなさんは、自分が死ぬまで持っておきたい洋服ってありますか?
お金はないけど、欲しくて欲しくて買ったもの。
何気なく着ていたけど、まわりの人からとっても褒められて大好きになったもの。
何回も洗っていくうちに、クタクタしたその着心地が気に入ってずっと着てるもの。
着ているとなぜか仕事がうまくいく縁起のいいもの。
何か物足りないなあと思った時に、付け足すとシックリくるもの。
大事な人にもらって、はじめはあんまり気に入らなかったけど、以外と似合って好きになったもの。
etc...色々な思い入れがあると思います。
感覚的に選んだものもあれば、吟味を重ねて選んだもの、たまたまもらったもの、人によって様々なパターンがあるでしょう。
私の場合ファッションをビジネスにしているので、もちろん一般の人と桁違いの洋服の量を所有しています。
その中でも思い入れがあるものあります。
IMPERMEABLE Yohji Yamamotoのウールメルトンフルジップコート
正直あまり業界人ぽいものを取り上げるのは、気が引けますが30年近く着ています。当時、あるアパレルメーカーの販売員として大分トキハ百貨店で勤務していた時に購入したものです。
三陽商会と山本耀司とのコラボレーションのコートで、極太のジップはriri。厚手のウールメルトンがふっくらと身体を包み込んでくれ、独特のフォルムを創り出します。三陽商会はライバルメーカーでしたが、時の上司にヒンシュクを買いながらも、購入した記憶が今でも蘇ります。
三陽商会は、今ではバーバリーとのライセンス契約が打ち切られた落ち目のアパレルメーカーとの印象が強いかもしれません。しかし、コートのサンヨーと言われて良質な製品を生み出す実力のあるメーカーでした。現在も、地味ですが百年コートなどを展開しており、クオリティーには定評があります。
https://www.sanyocoat.jp/100nencoat.html
話が反れてしまいました。
ヒンシュクを買ってでも手に入れたかったのには理由があります。
当時私は、アパレルメーカーの販売員がたくさん集まる平場(スーツやジャケットなど、アイテムで括ったメーカー寄せ集めのコーナーのこと)で働いていました。毎日お客様を取り合いながら売上を作っていたのです。
本当にイヤでした。洋服は大好きだったけど、売上を取るために毎日立つポジションを奪い合うことも、短時間で効率よくお客様を説得することも、何もかも全てが好きではありませんでした。こんなことをするために自分は、アパレル業界を選んだ訳ではないととっても後悔しました。
ファッションを楽しむことを忘れて、売上ばかりを追う販売員仕事がイヤでたまらなかったとき、出会ったのがこのコートでした。
「金太郎飴のようなものやブランドロゴをアピールしたものは着たくない。自社製品購入のしがらみなんて関係ない。日本人のための日本人による洋服、日本人がデザインし日本で作られたものを長い間着ることが、本物のスタイルだ。」とアピールしたかったからです。
今考えると単にストレスの反動で買ったものでしょと思ってしまいますが。
その後、これまでの波瀾万丈の人生にずっとくっついてきています。どの時代のトレンドにも打ち勝ってきたのはある意味スゴイなあと実感する今日この頃です。毎シーズン冬になって、着る時には必ず当時の気持ちが蘇ります。洋服屋である私のちっぽけで粋がった信念を表現したのがこのコートです。
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