どうする、ニッポン
3.3.7 就職と就社
日本では毎年4月に新卒の一斉採用が行われてきました。新卒の方は学校で専門を学んできましたが実務経験はありません。入社して社会人としての第一歩を踏み出します。会社にとっては何色にも染まっていない新卒の方は、時間をかけて会社が必要とする人材を育てるのには都合のいい制度でした。入社した人はみんなが同じスタートラインに立って、みんなが同等に扱ってもらえたのです。給料をもらいながら実務経験を身につけられる新卒一斉採用の就社システムは、社会の底上げをするためにはよくできた制度でした。日本の社会は長らく、そして今も新規卒業生の一括採用をしています。
新卒者が特定の職を希望して採用してもらう場合はまさに就職ですが、一般的には新卒者が一括採用で会社に雇用してもらうことになり、彼らにとっては就社といえるものです。最終学年で翌年3月に卒業予定の若者の多くは、どのような仕事に従事するかという確たる目標を持たずに、志望する組織に参加しているのです。新規参加者は組織の年長者から組織の文化や業務執行手順について時間をかけて教えてもらいました。新規参加者は未知の配属先で必要となる知識を一から学ぶのです。
昭和の新卒者は子どもの時から“みんなで一緒に”で習ってきました。彼らは親が「タテ社会」で生きてきたことを見て育ちましたから、どの職場に配置されようとも大きな問題とはなりませんでした。しかし、一人ひとり違うことが当たり前の令和の時代は“みんなで一緒に”を中心とした教育が、かつてほど徹底されているわけではありませんから、自分の意に反するような職場で我慢することには慣れていません。最近は9月の学校卒業生に対して秋の入社制度を取り入れている組織も少なくありません。また、多くの会社で随時に経験者(中途)採用をすることは普通になっていますから、転職コンサルタントの広告を見かける機会が増えました。中央省庁でも民間からの採用が行われるようになりました。
どのような経験者を募集しているかをみると「モノつくり」の経験者が多いのです。前にも書きましたように「モノつくり」とは工場で製造する工業製品や職人の手による手工業品、技術者が作成する設計や図面などの成果物、文学、音楽、美術、映画、舞台などの芸術作品を制作したり創作したりすることです。有形無形の「モノつくり」に対して「モノつくり」する組織の運営に必要な人材の募集は少ないようです。なぜなら、日本の組織はそれぞれ独自の組織文化を持っており、組織の運営は長く同じ組織に所属して独自の運営手法を身につけた人が担当することが多いからです。広告の多くはポストごとの職務内容を明確にして、ポストに適したスキルや経験を持った人材を募集し雇用する“ジョブ型雇用”になっています。“ジョブ型雇用”とはあらかじめ定義した職務内容に基づく雇用といわれています。ポストごとに“Job Description”の作成をし、ポストが求める作業内容を明確にすることで、作業に対する責任が明確になります。ポストの権威を明確にして、ポストの権利と義務を明確にすることは、言い換えるとポストの責任をはっきりさせることです。各ポストの権威と責任を明確にすることは、作業手順の簡素化と標準化につながります。
昨今の流動的になった労働市場を受けて、もっと“ジョブ型雇用を”と言われるようになってきています。入社してくる新人を育てる手法ではなく、募集する職務内容を明確にして経験や能力のある応募者の就職を促すことが増えてきました。募集する職務内容を明確にすれば、応募する人は自らの経験や経歴が生かせる職かどうかわかります。雇用する側も履歴書(CV)から適切な応募者かどうかの判断ができます。“あなたの仕事はこれとこれです”と職務内容は列記できますから、職務内容を明確にすると言うのは比較的簡単です。しかし、職務内容を明確にするためにはその職が求める義務(責任がついてきます)と権威を明確にする必要がありますから、ポストに求められる義務を列記することは簡単ではありません。ポストの権威と責任を明確にすることは組織の運営に関わってくるからです。列記された職務は義務ですから当然のことですが、一つひとつの職務には責任がついているのです。
日本の製造業は伝統的に優れた「モノつくり」の技術を持っていますから、「モノつくり」を重視する政策が取られてきました。長らく歴史ある大企業に焦点を当ててきた結果、時価総額でトップ10に入る会社は半数以上が創業50年以上の古くからある会社ばかりです。一方、アメリカでは、時価総額のトップ10はGAFAMを始め創業30年以内の会社がほとんどを占めています。いずれも新しい分野を開拓した会社や新しいビジネスモデルを立ち上げた会社です。革新的なことに挑戦する人とそれを後押しする文化があるのだと思います。この「ヨコ社会」の文化はビジネスの世界に限りません。たとえば、エンジェルスの大谷選手の活躍と地元の応援があります。
日本でも一代で世界に通用する会社に育てた方は少なくありません。そうした比較的に新しい会社はポストの業務を明確にして、経験ある人材を募集することが多いようです。応募する人の経験と持てる技術が、会社の募集要求内容とマッチすれば就職となります。新しく社会へ出てくる人が、入社して経験を積み会社文化になじむことは必要ですが、会社の運営のためには十分ではありません。歴史ある大企業と肩を並べるほどに会社を発展させた人は、よくカリスマ経営者と言われていますが、後継者に苦労されているようです。「タテ社会」だからでしょうか。アメリカでは創業者が経営から退いても、後継者により組織は何も変わらずに運営されています。組織を運営する基本が共有されているから、誰が運営しようとも水準は保たれるのです。もちろん個人差がありますので、交代によって組織が伸びることもあれば失敗することもあります。違いは交代した時点で一から始めるか前任者と同じレベルで始めるかです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?