I – 2 日本の位置(Where We Are)
製造業の今(Manufacturing Industry Now)
新型コロナウィルス感染症のワクチン開発は、なぜ日本で進まないのだろうか。
2009年まで世界2位の名目国内総生産を支えた技術大国日本の製造業は、多くの分野で最先端だった。繊維や製鉄、自動車、電化製品や電子製品、造船など高度成長期に世界一を誇った製造業は少なくない。
1990年代になると日本の後を追いかけるように同じような製品を作る国が現れ、日本製品と同等の製品を日本の後を追う国々がより安い価格で提供し始めた。日本の製造業が作り出す製品の品質はトップレベルといわれていたが、価格が高くなる理由でもあった。後発国の工場製品は高品質となって、日本製品の高品質は後発国製品の高品質化により製品の特徴に差がなくなった。日本の製造業は後続国の追い上げに対抗するためモノづくりの拠点を海外に移転して、日本には伝統的な管理部門を残した。
2000年代になると日本製品と性能的には同等で安価な外国製品が出回り始めた。中進国といわれた国々が品質的にも価格的にも日本製品と同等かより優れた製品を製造するようになったのだ。後発国は日本と同じ高品質の製品をなぜ日本製より安く生産できるのだろうか。
2010年以降日本の製造業は世界の流れから遅れて科学技術大国日本とは呼べない時が来ているのではないかと実感する場面がみられるようになってきた。常に世界の流れを観測するためのコミュニケーションは諸外国と十分に取られてきただろうか。ノウハウの基となる要求(仕様)の流れをとらえるためのコミュニケーションは十分に維持されてきているのだろうか。世界の流れを知るアンテナは十分に機能しているのだろうか。
日本の製造業の中心的存在である車の生産は世界のトップレベルにある。今でも自動車はガソリンなどの化石燃料中心だが、環境問題に端を発した世界の流れは電気自動車や水素燃料自動車の開発と生産に向かっている。
21世紀はガソリン車からガソリンと電気併用のハイブリッド車を越えて電気自動車へと向かっており、2030年以降は新規にハイブリッド車を含むガソリン車を導入させないという地域が出てきている。日本でも同様の取り組みをしているが、電気自動車の開発と導入では遅れている。ガソリン車から電気自動車へ転換するのは容易ではない。水素燃料自動車は電気自動車に対抗できるのだろうか。
高度成長を支えた家庭電化製品もシェアを落としている。ブラウン管テレビの時代に走査線の数を増やしてより明瞭な画面をめざしたハイビジョンという技術が開発されたことがあった。地上波の伝達手段としてハイビジョンの開発にこだわったが、世界の流れはデジタル化だった。ハイビジョン規格の世界標準規格を目指していたが、デジタルの液晶テレビの開発に方向転換を余儀なくされた。
液晶テレビの技術は一時世界をリードしたが、より安価に同等製品を提供する後続国にシェアを奪われた。
携帯電話では電話回線を利用してインターネットに接続する日本独自のiモードの大ヒットがあった。しかし、2007年にアップルからインターネット接続でパソコン同様でカメラ搭載のスマートフォンが発売されるとスマホが主流となった。日本型の開発にこだわった技術はガラパゴスと揶揄され、日本のケータイは今ではガラケーと呼ばれている。日本型は後れを取り多くの会社が携帯電話の生産から撤退した。
スマホ搭載カメラの発展とともにデジタルカメラは衰退し、デジカメの生産から撤退する企業が相次いだ。また、スマホをどこでも利用できるようにするために多くの国でWi-Fiの普及が進んでいるが、日本のWi-Fiサービスの普及状況は芳しくない。
技術大国日本が誇った電子部門も半導体製造はもはや先頭ではなく、多くの製造業が生産から撤退している。かつて世界をリードした太陽電池の生産は中国にシェアを奪われて生産から撤退した。
豪華客船の製造からも撤退した。旅客機の生産では開発のめどが立たない状況に追い込まれ、撤退の理由として製造ノウハウの欠如がある。ノウハウがないために繰り返される設計変更が価格に反映し、品質と価格がバランスしなくなってきているのだ。
2020年に政府は2050年に温室効果ガス排出の実質0を目指すと発表し、2021年には2030年に削減目標を2013年比46%減とすると発表した。脱炭素化の遅れが顕著となってきているなかで、どのように目標をめざすのか具体的な戦略は未発表だ。
温室効果ガス排出量の大きい火力発電設備はSDGsに沿った見直しが必要とされているが見直し計画の方向は定かではない。一度進み始めたら止められない日本社会はいまだに原子力発電を最低限必要な電源とする政策を続けている。
ドイツが福島の原発事故をうけて「科学技術大国といわれている日本でさえ制御できない原子力発電をドイツで続けるのには無理がある」といって原子力発電のすみやかな廃止方向へとかじを切ったのとは大きな違いがある。
将来のエネルギー供給の種類別目標は示されてはいるが、自然エネルギーを利用した発電は中心ではない。自然エネルギーによる発電設備の導入は大きく遅れており、メディアは風力発電の分野では先進国と比べてすでに20年以上遅れていると報道している。自然エネルギー開発に不可欠な環境アセスメントも遅れている技術の一つだ。
日本で技術というと主に製造業の生産する技術を指している。製造業の技術はモノを設計する技術や生産を計画する技術と実際にモノの生産に従事する技能(Skill)がある。生産の技術全般をハードの技術(Hard Technique)と呼び、優れた品質管理とともに日本の製造業を支えてきた。ハードの技術は技術者の技術と工場労働者の技能と職人のワザを含み、特に日本の伝統職人のワザは世界に誇っている。
1962年の第11回国際技能競技大会(World Skills Competition)の参加以来、日本は1位(金メダル数)を8回取り多くのメダルを獲得した。しかし、メダル獲得数で世界を席巻してきた日本の技能も、2007年の第39回静岡大会で1位を取って以来低迷し、2019年の第45回カザン(ロシア)大会(56種目)では48名参加して金2、銀3、銅6個の獲得の第7位だった。技術(Technique)と技能(Skill)は車の両輪のような関係にあるから、技能の停滞は技術の停滞だ。世の中は絶えず進行しており停滞は後退を意味している。