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どうする、ニッポン

1.1.5 高度成長のひずみ

労働時間についてみますと、1948年に制定された労働基準法は1日8時間、週48時間労働(年間約2,500時間)が基本でした。2021年の年間労働時間は1,607時間(世界28位)で、ほぼOECDの平均に近いところまできました。ヨーロッパの先進諸国の年間労働時間の1,400~1,500時間には及ばないものの、彼らの1990年代の水準になりました。ちなみに、アメリカの労働時間はOECD平均よりも長く1,700時間以上で、日本よりも長いのです。日本は年間労働時間に関する限り、もう働きすぎではありません。したがって、最近の日本はGDP世界3位をほぼOECD平均の年間労働時間で達成していますから、単純に生産に多くの人が多くの時間をかけているとはいえないようです。

しかし、具体的に労働生産性を見ますと、日本の時間当たり労働生産性は49.90ドルで、OECD加盟38か国中の27位です。一人当たりの労働生産性は81.51ドルでOECD加盟38か国中の29位で、決して労働生産性が高いとはいえません。製造業に限りますと、労働生産性は92.99ドルでOECD加盟38か国中の18位となっています。製造業の労働生産性は決して低くはありません。日本の労働生産性が低いのは、「モノつくり」以外の分野、つまり、組織の管理・運営での労働生産性が低いからと言われています。組織の管理・運営面での労働生産性が低いことは、見方によっていろいろな原因が考えられます。一つには付加価値の低いモノの生産が多いからかもしれません。働く人のアンケートでは、組織の管理や運営面の労働生産性が低い原因は“仕事のやり方が以前と変わらず、無駄な作業や業務が多いから”という回答が多くよせられています。2022年の日本のGDPは世界3位ですが、国民総所得(GNI)は下落傾向にあって伸び悩んでいます。これまで製造業と製品輸出に支えられてきた日本のGDPは限界を迎えているのです。「モノつくり」は有形と無形を問わず、これからも発展し続けて行くことは間違いありません。しかし、「モノつくり」というハードの技術と車の両輪をなすべき組織の管理・運営というソフトの技術の改善なしにGNIが伸びることは期待できません。

2022年の日本の国際競争力は世界31位です。分野別は政府部門が41位、ビジネスは48位でアジアでは10位です。日本の国際競争力の衰退は経済成長をハードの技術に頼りすぎてきたことにあります。ハードの技術で高度経済成長を成し遂げた成功体験が、ハードの技術で後れを取り始めたために進むべき道を見失っていることが原因です。もとよりソフトの技術をおろそかにしてきたことの報いというべきでしょうか。 具体的には第1にIT分野での遅れがあります。IT分野は製造業に頼っていましたが、後発国にシェアを奪われてしまいました。日本は一時期、半導体や液晶の製造で世界一のシェアを誇っていました。しかし、大量生産できる工場製品は後続国が日本製品と同等かそれ以上の品質でより安価な製造を始めると、瞬く間に優位性を失ってシェアを奪われて、商業的に成り立たなくなってしまいました。第2に世界の流れを読みきれなかった産業界にあります。品質の高い日本製品は世界中の消費者の心をとらえ、販売を伸ばし続けてきました。工場製品を生み出す技術者たちは、モノとの対話を通じて“もっと消費者の気持ちに応えたい”を合言葉により良い製品を目指して開発してきました。世界の消費者が日本のモノを見て、触って、食べて、乗って満足することを目指して、工場製品を生産し続けてきたのです。たとえば、自動車産業。すべての面で万人受けする車を市場に送り出すことで、高いシェアを取ってきました。環境問題に応えてガソリンでも電気でも動くハイブリッド車を開発してきましたが、世界の流れは電気自動車です。最近、日本の自動車産業は電気自動車の開発にかじを切っていますが、シェアを守ることは非常に厳しい状況にあるのではないでしょうか。ハイブリッド車と電気自動車の関係は、テレビのハイビジョン開発の失敗経験を思い出します。日本がアナログの高品質テレビの開発に一所懸命になっていた頃、世界の流れはデジタルに向かっていたのです。ハイビジョンは数年で無くなりました。

 「モノつくり」の技術者と経営者に高度経済成長期の成功経験と最先端を走っているという自負があって、謙虚になれなかったことが大きいのではないでしょうか。世界の流れを謙虚に受け入れず、人との会話で得られる情報をおろそかにしてきたことが原因とは言えないでしょうか。主にモノとの対話で成り立つ「モノつくり」は、車の両輪であるべき人との対話「ソフトの技術」をあまり重視してこなかったようです。問題は多くの方が日本の現状に至る根本原因を正しく認識していないところにあります。多くの方が日本はまだ世界のトップレベルにあると信じています。確かに日本が最先端を行く分野は少なくありませんが、今までと同じ社会の運営で復活できるでしょうか。私たちの本気度が試されています。日々好き勝手に生活できる現状は心地いいかもしれませんが、おしりに火がついていることを正しく認識しなければなりません。痛みを伴う手術が必要になるかもしれませんが、今始めれば遅すぎることはありません。今の自由な生活を変えてほしくないと思っているゆでガエル状態から抜け出さなければ、日本の復活はありません。

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