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【第0夜】空想商店よるべの成分③

旅行者から島バイト、そして島民へ
 島での日々ははじめてのことに満ちていた。観光客を迎える宿側の視点から見た夏の島は新鮮で生々しく濃密で、つまり最高だった。わたしは完全にその独特な雰囲気にとりつかれてしまい、最終的には大学4年間で通算100日以上を住み込み宿バイトとして過ごすこととなった。

 期間限定の島民ともいえるバイトとして島と関わるうちにわたしは、いつかは島に移住して暮らすのもありかもなと思うようになっていた。わたしには幼い頃からの夢(「大学生になったら島でバイトをする」ということとは別で)があり、大学の学部選びや就職活動もその夢ありきで進めていた。だからぼんやりと、その職に就いて職場結婚で家庭を持ち、子育てを終えてひと息ついてから夫婦で島に移住してセカンドライフを送る、というような未来を思い描いたりしていたのだ。夢を叶えて島とはしばらく旅行者に戻って関わりつつ、いつかは島民になって好きなことをするのもいいかも。それぐらいの気持ちでいた。

 しかし就活は失敗に終わった。本命も併願もすべて不合格、他業種には見向きもせずにいたせいで滑り止めもなく、大学4年の年末にわたしは途方に暮れることになってしまった。社会人浪人してもう一年頑張るか、それとも新卒を逃さないように今から拾ってもらえそうなところで妥協するか―。頭真っ白、顔面も蒼白・・・そんな中でほぼ無意識にスマホを手に取り、わたしが検索窓に打ち込んだのは「伊豆諸島 就職」だった。島はわたしにとっては心休まる場所で、新卒でそこに流れてゆくのは甘えているだけではないのか?楽をしようとしているだけではないのか・・・破れた夢への未練が足を引っ張ってくる。しかし時間はどんどん過ぎてゆく。落ち込んで焦ってテンパって、年末年始をまるごと費やしてやっとわたしが出した答えは、今目の前にあるチャンスにはもうすべてチャレンジして行ける所まで行こうということだった。

 そしてわたしはその時点で出願が間に合う就職試験をふたつ受験することにし、エントリーシートを書き筆記試験を受け、面接もなんとか突破して晴れて(とは当時はとても思えなかったが)東京の離島に就職することとなったのであった。採用が決まったのは3月に入ってからで、実家を出るまでには3週間ぐらいしかなかった。しかしもう止まっている暇はない。配送業者を紹介してもらって島独特の配送ルートで家電を発送し、節約のために段ボールはすべてゆうパックで送り、大家さんへの手土産を買い、春の夜に船で東京を離れた。

 それから1年と9ヶ月が経ち、わたしはここにいる。

(次回に続く・・・)

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