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坂口諒之介3rdアルバム「東の空」楽曲解説&影響解説
※2024年8月頃に書いた文章を
加筆修正したものです※
2018年にディスクユニオンのレーベル「DIW/fuji,happy sad」から2ndアルバム「もうさよならは言わない」をリリースさせてもらった直後くらいから、次の作品では弾き語りとは違う作品を作ってみようというアイデアが頭の中にあった。
その後、何度か録音制作を試みては頓挫、を繰り返していたが、2023年8月から、ミュージシャン・關伊佐央さんの配信スタジオatonariumで本格的な録音を始めさせてもらって、そこからは早かった。といっても制作開始からリリースまでには一年かかっているのだが。
「聖と俗」「祈り」「シューゲイズ」「聖歌」などをテーマに制作を進めてゆき、結果的には弾き語りやアコースティック編成の曲も作品の半数を占めたが、それも良いバランスにまとまった。と同時に、どこの枠にも入れられないような不思議な作品になったとも思う。
フォークシンガーなのか、バンドなのか、宅録ミュージシャンなのか。ロックなのか、フォークなのか、J-POPなのか、シューゲイザーなのか、サイケデリックなのか、まぁジャンルや形容なんてなんでも良いのだけれど、それらをすべて一括りにして、替えのきかない音楽ということで「オルタナティブ」と自称してみたいと今は思う。
自分らしい作品になった。と同時、似たようなアルバムが今の自分には思いつかないから、これは個性的な良い作品なのだと信じている。アルバム通して繰り返し聴いていただけたら嬉しい。
以下楽曲解説
(アルバムを聴いたあとに読むことを推奨)
1.イントロダクション
アルバムの導入曲。すべて自宅録音。
最初に、聖歌的なイメージのテーマのメロディが出来て、そこからアルバムのイントロダクションとして組み立てて行った。
ジーザス&メリー・チェインの1stのようなノイジーなギターを入れて「聖歌・ ミーツ・シューゲイザー」な感覚にしたいと思いながら音を重ねた。
実際のところ、シューゲイザーにしてはギターノイズが控えめという指摘をいただいたり、聖歌のイメージだったメロディは「民謡」的というコメントをいただいたりした。自分の感覚と聴き手の感覚の違いは、いつもとても面白い。
2.渦を巻く
今作レコーディングの大半は關伊佐央さんの配信スタジオ「atonarium」で録音風景生配信を伴って行われている。その記念すべき第一回の配信で取り掛かった曲。
脱・弾き語りを掲げてレコーディング。
即席で弾いた/歌ったパートも多く、そこからどんどんイメージが変わっていくさまが作っていて楽しかった。
本作唯一のバンド録音。
といっても、せーの、の録音ではなく多重録音ありきでバラバラに録っている。
この曲のアレンジがうまくまとまったのはシンセのサクライ君(バンド多数所属)の手腕が大きい。彼のアイデアがこの曲にはかなり反映されている。
また、史人さん(バンド「高倉健」Ba)の絶妙なベースライン、ドラムのシャバさん(山田宏也。バンド「エンヤコーラーズ」Dr)の的確なドラムやパーカッション。二人の繊細なアレンジのおかげで成り立っている。
もっとアブストラクトなアレンジを当初はイメージしていたが、4人でスタジオに入ってシャバさんがリズムを刻んだのがとても良かったのでそちらの方向に進んでゆき、本録音の形となった。
自分の曲では少ない転調があったり、また作曲当時(「暗い朝のうた」というタイトルだった)とBメロのコード進行を大きく変えたりなど、制作にあたり工夫をした。
サビのしつこく重ねたコーラスも気に入っている。コード進行などはJ-POP的なところもあるのだけど、J-POPにしては様子がおかしい。
歌詞は生きたいという希求について歌ったもの。冬のピンと張り詰めた空気を音のなかでも表したかった。
3.後ろ姿
坂口のアコギ弾き語りに、河村くん(Comic Up...名義でSSWとして活動)のサイドギターが絡む曲。
ドリーミーなエレキの音の心地よさで、配信中にatonarium關さんが眠ってしまった曲でもある。
河村君は本作ではこの曲と「月」で参加している。
職人的プレイなサイドギターで、非常にさりげないのだけどこのギターがないととても寂しく聴こえてしまう・・というギリギリのラインを弾いてくれた。彼はテイクごとに毎回違うプレイをするので、そこも一緒に録音していて楽しかった点のひとつ。
歌詞は個人的な体験を元にした思索だが、正直に書けたと思ってとても気に入っている。一番最後の「汚い自分を受け容れる」というフレーズは、前向きな気持ちで歌っている。
録音にあたっても、気持ちの乗った演奏ができた。
ミックスは、普通の弾き語りの音にならないように、攻めの姿勢を強く意識して行った。残響にこだわって制作した。
4.生きてゆくための歌
本作唯一の弾き語りの曲。
ライブでは最後に演奏することが多い。
バンドアレンジも映えるだろうなと思ったが、ライブでの演奏のイメージが自分のなかでは強い楽曲だったので、あえて弾き語りのアレンジにした。
「生きる」という言葉は、近年の自分の歌詞には繰り返し出てくる。
特にこの曲を作った当時(2018〜19年頃)は生きてゆく自信がなかったので、生きる、とちゃんと言葉にして歌いたかったという面もある。
「きみ」は、作曲当時はある人物のことを考えて使っていたが、結局、勝手にその人に対して自分を重ねていただけだったなと今では思う。自他の境界線をまだちゃんと引けていなかった時期。
レギュラーチューニングから1弦をDに下げて、カポタストを1フレットにつけての演奏。
このチューニングで弾くとギターの響きが夜の蒼さを帯びるような感覚があって、気に入っている。
5.だいじょうぶ
エレキギターの弾き語りが主軸。
そこにコーラスを重ねて、合唱曲、賛美歌的なイメージのアレンジを施した曲。
「イントロダクション」やこの曲のアレンジは、制作当時、Talis ScholarsやHilliard Ensembleといった合唱グループの聖歌をひたすらイヤホンで爆音で聴いていた影響。
歌詞は、作曲した当初はもっと皮肉っぽい歌詞だった。
この歌詞に書き換えたきっかけは、2019年の入院。
病棟にギターがあって誰でも弾けるという変わった環境だった。入院患者さんの前で僕がギターを弾いて歌う、なんて場面もあった。
しかし当時の自分の曲は歌詞がネガティブなものばかりで、ただでさえメンタルがやられている患者さんの前で堂々とは歌えない、聴かせられないものばかりだった。そこで、退院後、入院患者さんの前でも歌いたいような曲を作りたいと思って、この曲の歌詞を書き換えた。
なので、この曲の歌詞の「きみ」は、当時の患者さんたちのことを思って歌われている。
シンプルな祈りの曲。
聖堂で鳴っているような響きにしたくて、リバーブを意識的に深くかけた。
「イントロダクション」とこの曲がこの作品の自宅録音曲。
声はすべて、SM58というどこにでもある定番のマイクで録った。エレキギターはライン録り(アンプで音を出さず録音機材に直接接続)。
サクライ君がオルガンの音を重ねてくれた。音像のホーリー感に一役買っている。
6.月
河村潤平とのデュオ曲その2。「後ろ姿」同様にさりげなく絶妙なサイドエレキの演奏。
もしかしたら、自分の作った初めての三拍子の曲かもしれない。ちなみに、河村くんとのデュオ編成の二曲がどちらも三拍子の楽曲なのは偶然。
歌詞は自分の体験を元に素直に書いた。「後ろ姿」同様、なよっとした精神性の歌詞だけれど、この2曲を河村くんと演奏出来たのが嬉しかった。
チューニングはオープンD(DADF#AD)、カポを5フレットにつけて演奏。
ミックスは「後ろ姿」同様攻めの姿勢を意識した。
7.東の空
本作では唯一、リズムの打ち込みを使った曲。作りとしてはいわゆるループミュージックだけど、その感覚を前面に出しすぎないように気をつけた。
歌詞は作曲当時はただただ自分の辛さを歌った曲だったが、ある友人の訃報を知ったあとに、すべて書き直した。これも祈りの曲かもしれない。
本作のテーマのひとつに「シューゲイザー」があるのだが、この曲の精神性としては、靴を見つめると同時に、星のことも見つめているようなイメージがある。
自分の作った曲の中でも特に歌うのが難しい曲で、低いところから高いところまで
出さないといけない上に、ワンフレーズの中での音程の高低差なども大きく、喉の調子が悪いと歌えない曲。
ボーカルだけでなく、全体の音像や、コーラスワーク、アウトロのエレキギターの演奏なども気に入っている。
打ち込みは当時使っていたiPhoneのGaragebandで作った。ハイハットのパターンだけ別に作った記憶がある。キックなどの音作りでは、サクライくんの手腕が発揮されている。
サウンド面では、自分が制作中に繰り返し聴いていたコクトー・ツインズの影響が出ていると自分では思う。
8.ドーナツ
ほぼアコースティックギターの弾き語りで、
後半だけコーラスとシェイカーをすこし重ねている。シェイカーの演奏はatonariumの主・關伊佐央さん。
自分の中では、サウンドも歌詞もストレートな内容の曲。
幸せはずっとは続かないものだ、という自分の中に根深くある思い込みを打破するために作った曲。
この曲は2023年7月にできた曲。
調子が悪かった時期から抜け出したばかりの頃、松尾翔平さん(superyou,ほたるたち)が自宅に遊びに来てくれて、そのときプリンパンというパンを差し入れてくれた。
彼が帰った後に、元から書いてあったこの歌詞にコードとメロディをつけることができた。その時の気持ちとして、歌詞のドーナツ、を、プリンパン、に置き換えたかったのをよく覚えている。
録ったときから、この曲がアルバムのラストかなと思っていた。
当初のミックスではボーカルやギターに深くリバーブをかけていたが、前曲「東の空」とのバランスも考えて、リバーブを削った。
本作は全編通して深いリバーブの世界が広がっているので、現実世界に戻ってくるような役割を果たす曲になったような気がする。
マスタリングは、2ndアルバムに引き続き、ピースミュージックの中村宗一郎さんにお願いいたしました。
中村さんから、マスタリングの過程で「映画のサウンドトラックのようなイメージ(のアルバム)」というお言葉をもらいました。
当時作品制作にあたって繰り返し聴いていたドイツのPopol Vuhというバンドが、サウンドトラックを多く手掛けていたことを思い出しました。
以下の文章と写真は
マスタリング当時のインスタグラムより。
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全曲の録音、ミックスが6月に終わりまして、昨日は柴崎のピースミュージックでマスタリングの立ち会いでした。エンジニアの中村宗一郎さんとお会いしたのは2018年のアルバム「もうさよならは言わない」以来6年ぶり。
久々なので緊張してます、と言ったら、緊張しないでよー俺も緊張しちゃうから!と、始まる前にさりげなく雑談してくださったり。
前作の時と同様、すぱすぱっと自分の気づかないところを指摘されてドキッとしたりもしましたが、そういうときも根底には優しさがあって、とてもとてもありがたかった。
集中して聴いたり修正したいことを伝えたりして、1時間半ほどでひとまずこの日の分は終了(めちゃくちゃ早い)!
終わったあと大好きなバンド、White Heavenの2nd「Strange Bedfellow」(93年リリース、23年アナログ再発。この作品は中村さんがギターを弾いている)の話なども聞かせてもらいました。
中村さんの発してるフィーリングやオーラ、またスタジオの雰囲気などとても好きな感覚。また来たい!
中村さん、ありがとうございます。
写真も撮っていただきました。一枚目、中村さんいわく「いいね、ぐにゃっとしてる」と。気に入ってます。
録音は数日かけて聴いてチェックして、また修正点があればお伝えして修正、なにもなければ完成。
〜「東の空」制作にあたって
特に影響を受けた作品〜
1.Cocteau Twins「Treasure」
桃源郷ロックバンド3rd 以降の作品もすべて名作 この作品は異界感が強い
2.冷牟田敬「Noise Myself」
ギターも音像も唯一無二 美学と、信念、シューゲイザーへの深い愛を感じる
3.Songs of Green Pheasant / Songs of Green Pheasant
宅録、深いリバーブ、天上/天界志向の音像
4.My Bloody Valentine / Loveless
異常音響 内向きな精神 音像の作り込み
5.Popol Vuh / Hosianna Mantra
真摯な宗教音楽として聴いている
根本にはサイケデリック・ロックの感性も
6.Talis Scholars / Allegri: Miserere
精神的に何も聴けない気分のときもこうした音楽は聴ける メロディが悲しい
7.神聖かまってちゃん / つまんね
制作後半によく聴いた 音、歌詞、バンド名からして、聖/俗の概念に意識を向けたひとの音楽だと勝手に思っている
8.Jeff Buckley / Grace
彼の演奏や歌、楽曲、垣間見られる精神性
9.Puma Blue / Holy Waters
深淵に引っ張り込まれる音楽
最後の2曲鳥肌立つほど素晴らしい
10.中森明菜 / 不思議
ミックスが異様な作品として一部で有名
攻めの姿勢で影響受けた
CD発売中です。
歌詞や演奏者クレジットがついていますので、じっくりお聴きいただけます。
オンラインレコードショップ・Reconquistaさんで取り扱っていただいています。
実店舗では、柴崎のmodで取り扱っていただいております。
もし、うちでも取り扱うよ!というお店の方がいらっしゃいましたら、下記のアドレスにご連絡ください。
saka.rnoske@gmail.com
長い記事を読んでくださってありがとうございました。
もともと、この記事はお蔵入りの予定でした。こういうセルフライナーノーツみたいなものって、人のものを読むのは好きなんですが、語りすぎて音楽のイメージをせばめてしまったり、聴き手の自由な解釈を拒んでしまう危険性もあって。
ですが発売して半年経った今なら、だいじょうぶなのかもしれないな、と考えて、公開に至りました。
いまは新作4thアルバ厶(通称:天国盤)をレコーディング中です。またこちらについても記事を書けたらと思います。
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友人の堀くんがデザインをしてくれています。作品制作に関わってくださったすべての方に感謝します。ありがとうございました!