短編 パッチノート:ハイランダー
パッチノート。ゲームの世界における「憲法改正」と言える。我々プレイヤーは変更された法律に目を通し、歓声や怨嗟の声をあげ、法律に己を合わせ、再び戦いを始める。
納得の有無はここでは関係がない。健全なプレイヤーは納得が行かなければ戦いを辞めれば良いが、我々のような中毒者のゲーマーとなるとそうはいかない。悪法に従い戦うしかない。
しかしそれは、法律を受け入れたという同意ではない。無謀な話だが、法に向かって唾を吐き抗おうとする愚か者が一定数出てくる。今回ばかりは私も、愚か者の一人になることを決めた。
私が……
いや、俺がしたかったのは、こんな戦いじゃない。見たかったのは、こんなハイランダーじゃない。
(上記の続きです)
(ダンガンロンパ夢小説です)
一幕 インサートコイン
強烈なコンテンツはあっという間に普及し、類似品が乱立し、新たな規制を産む。経済も人も大きく動く。「フィクションではない、リアリティのあるデスゲーム」として始まったコロシアイゲームはあっという間にコンテンツの先端を走り始めた。あまりのリアリティと過激さは様々な憶測を呼んだ。
フィクションというテイで実際に殺し合いをさせているんじゃないか?
過激な内容が規制されないのは、国側の権力が働いているのではないか?
何か大きな、大きな力が背後にあるのではないか?
真相は分からないが、どうでも良かった。
現状で2つ、言えることがある。
まず1つめ。モニターに映ったあの少年は、間違いなくゲームセンターで出会った彼だ。お互い偽名だったので名前は一旦置いておこう。『彼』は私が見たことのない顔で笑い、泣き、鋭さを見せ、コロシアイゲームを力強く生き延びている。俺が以前見た姿が彼の本質だったとは思わない。今映っているのが本当の姿なのか、偽っているのかも分からない。
ただ、活き活きとしているようには見える。それは番組の演出なのかもしれないし、彼の本質なのかもしれない。それだけならば良かったのだが、時折見せる微妙な表情が俺の思考を釘付けにした。飄々としているような、僅かに強張ったような、何かを堪えたようにも見える静かな表情。あれは見覚えがある。俺にも見せた顔だ。
2つめ。コロシアイゲームには間違いなく大きな力が働いているが、それは多数の人間が関わっているということでもある。運営も、管理も、放送も多くの人間が動いているだろう。所詮人間のやること、大きくなればなる程『綻び』が産まれる。それは大きな力からみれば取るに足らない僅かな綻びだ。しかし世の中には、人生を賭けて綻びを嗅ぎつけ隙を伺う者達がいる。
昔を思い出す。そうだ、しつこく嗅ぎ回り、いつまでも歩き回り、損得を度外視して、ワケの分からない執念で噛み付き続けるアホみたいな奴。それがかつての自分だった。
俺は古い知人へ電話をかけた。
「もしもし、ケンジです。お久しぶりです。ちょっと恩返しして欲しいんです。会えますか」
コロシアイゲームが映るモニターを視界の端で見る。なぁ嘘吐きのクソガキ。まだ……勝負の決着がついてないよな
二幕 北の葬儀屋
サトウ ヒロトモ
学生時代、彼には片思いの女性がいた。小学1年生の頃から、高校卒業までずっと片思いをしていた。殊勝な話だ。就職前についに意を決して告白したヒロトモは、逆に決断を迫られることになった。彼女の返答は「宗教への入信をしたら付き合う」だった。
その女性は家族ぐるみで某カルト宗教の、それはそれは熱心な信者だった。ヒロトモは真っ直ぐで良い奴だった。俺ならカルト宗教の名前が出ただけで反吐が出るが、あいつは否定しなかった。何を信仰したって良いし、知らないものを否定するのは良くない、と。もしかしたら自分の視野が広がって、幸福になれるのかもしれないと、泣きながら話していた。
人の好意を交渉に使うような女やめとけよ、バカじゃねぇのかと殴りつければよかっただろうか。あいつは怒りとか悔しさを堪えて、好意も捨てられなくて泣いていた。
ヒロトモは交際を始めて、彼女の家族とも随分親しくなったらしい。あっという間に言動がおかしくなったかと思うと、サトウ家と大揉めして絶縁され、貯金を使い果たし自殺した。あんな空気の葬式は初めてだった。サトウ家の家族は数名、彼女は異様な空気の集団を引き連れて式に参加し、異様な集団は周囲へ勧誘冊子を配っていた。
思想の自由、宗教の自由、大いに結構だ。
しかし世の中には『清算』という概念がある。正義とも悪とも違う。怨み嫉みを買うような真似をしていると、どこかで何かに噛み付かれる。
歪められ、追いやられ、視界から消された者たちの細い声は見えない。しかし存在しないわけではない。いずれ牙になることがある。
残念ながら俺はヒロトモと違って性格が悪くて執念深い。だが噛み付く力がなかった。沈殿しない怒りを抑えられず歩き回っていた時に、李さんと出会った。恐らく偽名だろう。俺も偽名でケンジと名乗った。
李さんは某カルト団体に怨みを持ち、復讐を目論む集団へ所属していた。俺はそこに一時的に協力した。この手で故ヒロトモの彼女を殺害した。死体の行き先を知っているのは俺と李さんだけだ。
復讐集団は『北の葬儀屋』と呼ばれていた。北というのは方角ではなく「どこか遠方の」という意味合いらしい。一件復讐を協力してもらったら、一件相手の復讐に協力する。葬儀屋ではこれを「恩」と呼び、清算を怠った恩は「仇」と呼ばれる。仇は組織内の人間から殺害される形で清算される。
俺は李さんの復讐を2件協力した。その恩の清算を呼びかけたのが先日の電話だ。指定された居酒屋の前で待つ。
「ケンジくんですか?どうも、李です」
身長170㎝くらい、腰まで伸びたストレートの黒髪の…女性。俺の知っている李さんは、160㎝くらいの猫背の中年男性だったはずだ。どう反応して良いか分からず鼻を掻いた。
「え〜…お綺麗になって…」
「そりゃ見た目を変えていかないとね。ケンジくんも随分顔付きが変わってるね。見事な変身」
「俺のは加齢ですよ。すみませんね老けてて」
「じゃあ行きましょうか。恩返しの打ち合わせ、ホテル街ですから個室ならいっぱいありますよ。宿泊にします?」
「休憩で…大丈夫です」
三幕 愛と青春の追走
「ケンジくん、流石に相手が悪いと思うよ。葬儀屋でも良い噂聞かない。あのコロシアイゲーム、首突っ込まない方がイイよ」
古めのホテルへ入ると、李さんはベッドに座り脚を組む。なんとなく目を逸らし言葉を返す。
「李さん、俺が誰かを殺そうって話じゃないんです。開催場所を突き止めたい。それが無理なら放送拠点を。それが無理なら主催者を特定したい」
「普通じゃないよあれ。私も恩返ししたいけど、正直手を出したくないよ。……今、身体で払う、それでもいいよ?」
わざとらしく上着を脱ぐ李さん。ペースに呑まれてはいけない。彼…今は彼女か…?の下半身がどうなっているか、などと興味を持ってはいけない。
「道具の準備とか、情報収集を手伝ってくれたらそれで『恩返し』で良いです。ヤバいと思ったら手を引いてください。どこまで行けるか分からないですし」
テレビをつけると、例のコロシアイゲームは進行していた。嘘吐きな彼も、まだ生きている。ライブ配信を謳っているが本当にリアルタイムなのかは怪しい。もう全てが終わっている、なんてオチも充分にありえる。それでも構わない。どうせやれることは限られている。
現時点の思いつきを整理する。コロシアイゲームの規模は大きい。方法は分からないが権力もある。直接干渉することは難しそうだが、情報の痕跡はあるはずだ。大量の人間が関わる中で、完璧な情報統制は難しい。特に怪しいのは機材関係だ。
恐ろしい量の機械部品と最新の動力、その他設備関係に必要な消耗品。映像には人が乗り込んで動かせるようなサイズの重機…ロボットと言うべきか…も写っていた。どこかの島がコロシアイゲームの舞台だったとして、全ての機材を自給自足することはまず不可能だろう。
①すぐに特定されるようなルートは使わず、隠蔽しながら輸送を受けている。
②隠す必要のないくらい力を得ているので堂々と輸送を受けている。
どちらだとしても、最初の足掛かりにはなりそうだ。あれだけ堂々と配信をしているコロシアイゲームに嫌悪し、敵対を目論む組織もあるだろうし①の可能性が高い。で、人間は話が大きくなるほど秘密を保持できなくなる。一個一個は大した情報じゃなくても、疑い気付く人間もいるはずだ。そこに『綻び』の匂いがある。一つ一つは弱くていい。かき集めれば何かに届くかもしれない。
秘密を漏らした人間は消されるんだろうか。末端の情報だからと無視されるだろうか。
秘密を保持できない人間はどうする?誰かに話す。絶対に言うなよ、誰にも話さないから聞かせてください、etc 漏れ出る隙間は複数ある。
エリアを絞って喫煙室や教会の懺悔室に盗聴器を設置。飲み屋、料亭の噂の聴取。ターゲットは工業系と取引がある場所、きな臭い法人の重役、運送業者……
思いつく限りの手順をフローチャートに整理し、李さんへ見せる。
全く気が付かなかったが、李さんはシャワーを浴び終え、タオルで身を包み、退屈そうに前髪をいじっていた。
「ケンジくん、なんか顔付きが昔に戻ってたよ。若返ったっていうか……。懐かしいね。身体の準備してたんだけど、要らなそうね」
考えてみれば、自分の青春時代は復讐に捉われていた。一般的には喜ばしいことじゃないんだろうけど、俺はあれ以外の青春を知らない。全ての力を総動員して、意識がある時間は頭を回転させ続けた。怒りと、殺意が身体に満ちて、力が漲っていた。他のことで悩む隙間がなかった。
誰にも言ったことがないが……正直、楽しかったんだと思う。赤黒い、人に見せられない色合いの感情だが、あれが俺の青春だった。ヒロトモが生きていたらきっと殴られて止められていたかもしれない。悪く思わないでくれ。俺はお前の死を口実に、自分の怒りを存分に振るった。復讐を口実に、お前が愛した女を殺した。あの時以上の達成感がないまま、中年になってしまった。
そうだヒロトモ。信仰と思想の自由。俺は暴力を信じている。これだけは、全部俺の意思だ。俺の愛だ。
画面ではコロシアイゲームの裁判が行われている。カメラに映る嘘吐きな少年が、我が物顔で演説し周囲を圧倒している。楽しいのか。命の取り合いをしたかったのか?
俺と居た時は退屈そうにしやがって。
じゃあ俺が命を取りに行ってやる。そんなエンタメじゃない、本当の暴力を見せてやる。
四幕 気だるき/見事な/花とゴミ/斬るだけ
情報網に1人、新しい候補が現れる。身辺調査し、なるべく孤独な相手を狙って接触を試みる。それを繰り返した。
「どうも…『懺悔屋』出張サービスです」
我々は便宜上『懺悔屋』を名乗り情報を集約し、協力者を増やした。
秘密を抱えた人間はいくつかパターン分けできる。秘密を保持できず、とにかく誰かに吐き出したくなる者。抱えた秘密のリスクがあり、己の身の安全が欲しい者。秘密を金や力に変えて己の利としたい者。
李さんの協力もあり、小さなチャンスに辿りついた。頻繁に資材を集約しているルートがある。そこに一般企業が使わないような貴金属、部品の搬入が大量に重なる日がある。技術者の証言を集めた所、内容は高度な兵器を製造するレベルの素材だそうだ。例えば先日のコロシアイゲームに映ったロボ…エグイサルと呼ばれていたか…を数機作るような質と量だと。
親しくなった技術屋と交渉した。「エグイサルみたいな、乗り込めるロボを作るにはどんな準備がいる?」「あれを自分達で作ってみたいと思わない?」と。力強い協力者を得た。
短い時間で相手からの信頼を得ることは難しい。俺がやったことはシンプルだった。要約すれば「暴れたくないか?」「暴れられる場所がある」「目の前にいる俺もそうだ」これを真剣に、本当だと伝えること。
手応えはあった。特に孤独な中年には魅力的に聞こえただろう。彼ら、ひいては我々が真に欲しいものは安らかな休日や穏やかな時間ではない。暴れて良い理由と、己を爆発させるキッカケだ。俺がやった役割は、質の悪い可燃物を1箇所に集めながら火打石を弾き続けた行為に近い。守りたい場所も生活もない我々の目に映るコロシアイゲームは、退屈な日常への刺激ではなく「俺達にも戦わせろ」と嫉妬を誘う餌だ。
俺が起こした火は想定よりも早く、大きくなった。集まったのは大抵はぐれ者だ。会社を怨む者、暴れたいだけの者、義憤に駆られた者、加担してしまった罪滅ぼし、退屈凌ぎ、自己表現……志はバラバラだが、熱があった。この闘いは、熱さえあればその種類は問わない。
ゴミの山かと思ったが、立派な実が成った。相手の強大さから見れば小さな実だが充分だ。勝つ算段なんて必要ない。そういうことを考えていると、勝てない相手とは戦わないという話になってしまう。そうではなく、熱のまま飛び込み、噛み付く必要がある。
モニター内のコロシアイゲームでは、参加者の学生がまた一人死んだ。最初は名前と顔が一致しないなと眺めていたが、ずいぶんと覚えやすい人数になっていた。
五幕 乱入者オブザデット
コロシアイゲームへの突入計画は『乱入』という略称になった。『乱入』決行に向け打ち合わせを進める中で、どうしても腑に落ちない点があった。運搬方法の予想が、どう計算しても合わない。
コロシアイゲームはどこかの島で行われている想定だった。そうでなければ、場所の情報が流れてこないのは不自然だ。人員の移動だけでなく、資材を運ぶ際にも陸路は目立ちすぎる。空路は大量の荷物の運搬に向かず、海路が濃厚だと想定していた。
しかし掻き集めた情報と照合すると、予想出発地点の船はスケジュールと一致しない。一致しているのはロケットの発射日。空路では無い。宇宙を飛ぶ為のロケット及びシャトルだ。
冗談半分で口を開いた。
「コロシアイゲームは月でやっていました〜とか?そんなSFじゃないんだから…」
李さんはいつもの涼しい顔をしかめて、顎に指先を当てている。一緒に『恩返し』をしていた頃にも見た姿だ。深く考え、重要な発言をする時の仕草だった。
「面白い話をしましょうかケンジくん。情報通りだとすると、今回補給された燃料は地球から月まで行く分よりもはるかに少ない。大気圏を出られるかも怪しい装備。貴方だったらどんなお話を考える?」
「え〜条件を整理しますと、飛ぶ先が宇宙で移動距離は短い。月と地球より短い距離で大量の資材を運ぶ。痕跡はあるのに飛び立った先での目撃情報も噂もない。何らかの断絶がある。権力だけじゃここまで出来ない、おそらくもっと物理的な断絶。」
思わず笑みが溢れた。推測と妄想の境目が曖昧なまま思考が加速する。
「コロシアイゲームは宇宙空間内で行われていて、我々が居る場所もすぐ近くの宙域にある。」
頭で考えるよりも先に口が動いていた。
「つまり俺達が過ごしていたのは地球ではない。宇宙空間に浮かんだコロニーのような場所にいて……。海だと思っていた水は大きな池で、空は閉じていて、遠くの山も錯覚だったりして…ふふ……」
「ねぇ、やっぱり私の勘は正しかった。さっさと手を引いときゃよかった。私は別にね、世界の秘密とか、命を燃やす戦いなんて興味なかったの。色々な姿になりながら美味しいお酒と、変なおつまみを楽しめれば良かったのに。それなのに、ふふ……なんであなたはそんなに楽しそうなの?」
言われて気が付いた。人前でこんな笑顔になったのはいつぶりだろうか。初めて地動説を聞いた人間もこんな気持ちだったんだろうか。病は呪いではなく目に見えない小さな存在が原因だと知った者もこうだったんだろうか。電気、磁気、重力、それらの存在を聞かされた者はどんな気持ちだっただろう。衝撃と困惑、その後から鍋が煮立つように沸々と思考が出てくる。どんな仕組みなんだ、いつからこうなんだ etc
楽しくて仕方ない。今まで信じていたものが、今まで学んだものが大きくひっくり返る。好奇心が止まらない。
モニター上では、例のコロシアイゲームが進行している。残されたのはもう数人。嘘吐きな少年が強大な敵のように振舞っている。内心は分からないが、命を燃やしている。俺もそうでありたい。
李さんと俺を合わせて『懺悔屋』は25人いる。全員を一箇所に召集し、意思表明をすることにした。
「皆さんにいくつかお伝えしたい。まず私はリーダーでもなければ雇用主ではありません。強いていうなら『主催者』であり『言い出しっぺ』です。私がバカなことをしたいからやる。もし良ければ一緒にどうですか?それで集まったのがみなさんです。危ないと思ったら、嫌だと思ったら逃げてください。恨んだりしません。今まで一緒にバカをやってくれてありがとう。
次にやるバカな行為が、おそらく最後の大舞台になります。ハッキリ言えば、生きて帰れないでしょう。関係者になった時点で助からないのかもしれない。その代わり、元の生活では得られないような興奮と危険があります。そこに飛び込みます。
どうやら世界は私達が思っているよりハリボテで、我々が知るよりももっと高度で、冷たい構造をしているようです。しかし我々は生きています。今までの怒りも痛みも全て本物であり、我々のものです。それをぶつけに行きましょう。作られた怒りと興奮に、本物の怒りと興奮を見せてやりましょう。」
23名から、今更なにいってんだ、なんか一発ギャグやれ、こっちは最初から命懸けだぞ、などと野次が飛ぶ。
こういう場面ではカッコよく「みんなの命を俺にくれ」と締めたかったが、できなかった。自分の命を捨ててでも、一緒に無謀な特攻をすると言ってくれるやつが居る。それがただ、とても嬉しかった。
六幕 限りなく地獄に近い天国
コロシアイゲームへの乱入計画は大幅に見直された。主に装備面だ。数名は運送業者、数名は荷物に紛れ現地で合流する予定だったが、宇宙を経由するとなると話が変わる。貨物室の中は無酸素で極寒、下手したら宇宙空間上での戦闘になるかもしれない。
そもそも、すでに世界は何かを隠している。常識が通用しない可能性がある。スッとワープしたり、乗り物に乗ったという記憶だけ埋め込まれて全然移動していないのかもしれない。
逆にセキュリティは何もなくて、どうぞご自由に、と人間が何をしてもビクともしない強固な構成なのかもしれない。一つ言えることは、あのコロシアイゲームはフィクションではなく「真実」側に寄った催しの可能性が高いということ。そうでなければ成り立たない強大さだ。
突入作戦用の装備の整理をしながらふと思い付く。待てよ、こうやって我々が情報を嗅ぎ回り武器を持ち立ち上がる部分も、大きな仕組みに組み込まれているのか?自分達だけが不自然な事実に気付いたなんてことは無いはずだ。先駆者達はどこに行った?もしかしたら、なんらかのエンターテイメントとして消費されるのか?
そうだとして……悲しいだろうか?見えない何かの手のひらの上で踊っているのは確かに気に入らないが、楽しく踊れているなら問題ないのではないか。記憶や気持ちすら作り物だったとして、そう作られた存在として全うできれば上等なのではないか。
以前、考えたことがあった。フィクションとノンフィクションの境目はどこにあるんだろうかと。ノンフィクションというテイで作られたフィクションと、フィクションというテイで作られたノンフィクションを他者は区別できるんだろうか。発表者を信じるしかないのだろうか。
料理の味を思い出す時と、夢の中で料理を食べた時の味の境目はあるんだろうか。脳から引き出した情報と捉えるとほぼ同質ではないか。
古い書物で語られる神話と、俺が語る妄想を紙に残した物、同じ年月が経過したときに区別が付くんだろうか。未来の研究者が何かを誤解した瞬間から、俺の妄想がなんらかの形で残ったら歴史を歪める可能性はないだろうか。我々は過去の遺物をどれだけ正しく読み取れているんだろうか。
モニターに目を移す。コロシアイゲームは終盤になり、画面エラーで中継が途切れている。これが演出なのか、トラブルなのかは分からない。視聴者としてはストレスだ。何が起きているかわかりません、では楽しむことも悲しむこともできない。
ブツブツと途切れつつも画面が戻る。どうやら死者が出たようで、裁判が始まった。あの嘘吐きの少年がプレス機で潰されていたが、ロボットが乱入してきて、潰されたのは誰だったのかも含めて裁判が始まった。主催者側も巻き込んだ裁判、これは凄いことになっている。
しかしこれも演出だと思えば「よくできたシナリオだな」になるし、ノンフィクションの意図せぬ反抗だったとしてもそれをエンタメに変えられてしまっているという事実は変わらない。これを見ている俺もその一部なのかもしれない、なんて言い始めたら収拾がつかない。
見方によっては地獄だ。そこには自由意志が存在せず、苦しむべくして作られたものは苦しみ続ける。
見方を変えれば天国だ。なんでもやろうとして良い。その作られた世界の中でなんでもできる。
ーーーーーーー
懺悔屋9名と李さんは後方組、俺を含めた残り15名を前方組に分けた。前方組は資材と運送業者に紛れて『乱入』の実働隊となり、後方組は遠方からナビゲートと指示連絡を行う。
突入前夜、李さんへ手紙を渡した。
「あら、ラブレター?こう見えて私、あなたよりずいぶん年上だけど大丈夫?」
「遺書ですよ。まぁ後方組もどこかに消されちゃうかもしれませんけど、前方組よりは生存率高いでしょう。突入後に開けてください。先にお礼を言っておきます。李さん、ここまでありがとうございました。」
「今すぐ逃げてもいいんだけどね。面白そうだから見送るよ。『李』お姉さんバージョンとしての生活もここまで。次はどうしようかな。脇役みたいな人生だったから、たまには主人公っぽい男の子もいいかも。記憶喪失の若いイケメンになって暴れ回ろうかな。アクションゲームの主人公みたいにね。ケンジくんは?生き残ったらどうするの?」
「まぁ生き残ることはないでしょうけど……とりあえず今回のことを文章に残そうかな。あとのことは……そこから考えます。手紙を開けた時点で『恩返し』も完了で良いです。北の葬儀屋の皆さんにもよろしく伝えてください。お世話にました。先に地獄で、綺麗な石のタワーを積んで待っています」
これから向かうのは天国なのかもしれない。この世のモノではない何かが、そこにある。
六幕 俺と貴方の〇〇裁判
爆音と衝撃。軽やかな火器の射出音と鈍い着弾音。倒壊する建物。上がる炎、炎、炎……
輸送機が到着したかと思うと、現地は戦闘の真っ只中だった。人対人の規模ではなく、兵器を用いた戦争の規模だ。飛び回りながら建物を破壊している機体と、応戦する機械兵は敵対関係にあることが分かる。その機械兵はモニターで何度も見た機体エグイサルと同形状。ここはコロシアイゲーム開催場所であり、とんでもない状況になっていることは間違いなさそうだ。
貨物に紛れていたので、コロシアイゲームの経過は把握しきれていない。あの嘘吐きな少年は実は生きているんじゃないかとか、現地で会えたらラッキーだななんて考えていたが、それどころではなさそうだ。
しかしこんなに大暴れできる状況が整っていることがあるだろうか。案外この世界は、都合の良いフィクションなのかもしれない。持ち込んだ資材を組み立て、簡易型エグイサルスーツを着込む。一緒に突入した前方組へ最後の通信を飛ばす。
「俺達は運が良かったらしい。各自好き勝手に、思いっきり暴れましょう。以上」
歓声を上げながら駆け出した。バカな奴らが15名。少なくとも私は、今までの人生の中でどの瞬間よりも興奮していた。
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李は手紙を開ける。
ゆっくりと目を通した。
『李さんへ
改めて、今までありがとうございました。貴方は名前も姿も捨てて、また新しい人生を歩むのでしょう。余計なお世話かもしれませんが、貴方の人生が少しでも楽しくなることを祈っています。組織とは関係なく、付き合いが長くなった1人の友人として祈らせてください。
ここから先は、私個人のお願いです。気が向いたら、友人として応えてくれたら嬉しいです。
もし突入した前方組から生存者が出た場合、後方組と合流させ、心身の治療と、新しい戸籍の用意に協力してあげてください。
生き残った後方組にも新しい戸籍を用意してあげてください。この世界でどれだけの意味があるかは分かりませんが、私達の社会では意味があると思わせてください。
私を除く懺悔屋メンバーは優秀な能力を持っています。しかし、目標や目的を失っています。せっかくの集まりですから、メンバーが望むのであればチームとして残してください。何か面白いことをする主導者があらわれたらきっと生き甲斐を見出し、力を振るうと思います。
李さん、貴方は人を見る目があります。面白そうな主導者が居たら、懺悔屋を紹介してあげてください。譲る……という表現も変ですが、メンバーが喜んでついて行くような主導者を見付けてくれたら、私は後腐れなく降板した気持ちになります。
条件は一つだけです。主導者の偽名は…
終章/序章 おはようダンガンロンパ
「ふ〜ん?李さんだっけ?まず偽名だよね?全部嘘っぽいもん。それであなたがスカウトしたのがオレで、後ろに居る9人が懺悔屋残党の皆さんってわけだね?」
「そう。嫌なら断ってもいいけど、退屈でしょう?」
「う〜ーん」
わざとらしく腕を組む少年。スカウトをした李は確信があった。この少年は話を断らないし、面白いことを始める、と。
「懺悔屋って名前がなんか辛気臭いし、ダサいよ。つまんなそうだし。オレが名前変えて良いんだよね?ん〜…
ダイス!秘密結社ダイスなんてどう?モットーは楽しくて笑える犯罪!世界平和のために世界征服をする!とかさ。ちょっと面白そうでしょ?
えっ良いの?じゃあやっちゃおうかな〜。あ、条件があるんだっけ?『本名は危ないから指定された偽名を使う』ね。ダサい名前じゃなきゃいいな〜
王馬小吉、ね。まぁいいんじゃない。オレは王馬小吉!これでいい?」
完/プロローグ