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マツタキなる人々を訪ねて。②チェーンソーから生まれる精霊たち


伊那下神社宮司 森 清人さん


伊豆の長八美術館のすぐ近く、
松崎町の中心部に位置する伊那下(いなしも)神社。

港と牛原山の間で、
古から山の神・彦火火出見尊と海の神・住吉三柱大神を祀り、
松崎の人々の航海安全や豊漁を願ってきた神社だ。



境内に入ると、
樹齢数百年を数えるであろう銀杏の老木が出迎えてくれる。
この、緑と水の豊かな境内。
よく見ると、
メルヘン?な動物や神様の木彫像がたくさんあることに気づく。

その数はざっと100体以上。
フレンドリーな手書き看板もたくさんあり、
なんだかちょっと不思議な感じもする、
親しみやすい(ゆるい?)神社だ。




これらの彫刻たちは、
すべて宮司の森 清人(もり・きよと)さんによって彫り出されたものである。




森宮司が彫刻を作り出したのは、
今から約20年前。
平成8年(1996)、
40代前半の時、玉楠の倒木で、
山側にある6つの境内社のうちのが3つが倒壊してしまった。

どのように修理するか…と対応を考えたが、
この倒れて来た玉楠から新しい境内社を生み出そうと、神社にあったチェーンソーで「やりだしてしまった」という。

弁天様、秋葉様、そして大足大明神。

細い枝を切り落とし、
太い幹から神の形を削り出していく。

最初は1体一週間、朝から晩まで削っていた。




森宮司は、
「昔から木を切るのが好きだったが、木彫について勉強したことはありません。木から、自分の中から自然に生まれる形を削りだしています」と語る。

衝動的に出来上がった最初の3体の後、
しばらくは彫らなかったが、
ある時長八美術館の後ろの山が伐採され、
30mの松の木が手に入った。

また、
船大工のおじいさんが、
「これで彫れ」と木を持って来たこともあったそうだ。

そうして次々に境内に木像が増えていく。

神様の次は十二支、
そしてかわいい動物と、彫るものも変化していった。

森宮司が彫り出した「精霊たち」。

神社を訪れる人が増えるように、
ということもあるが、
切られた木が新たな形代となり、
この神社でひと時を過ごし、
朽ちて自然に戻ってくれればという思いもある。


この水神は、渾身の作だと言う。

「木を見たときに龍の形が見えた」と宮司は語る。

牛原山には龍神伝説が残っている。

かつては滝壺があり、
そこに2匹の龍が棲んでいた。

しかし、ある時1匹が天に昇ってしまう。

1匹残された龍の化身とされる岩があるのだと言う。

周囲は岩盤で、今も水が湧いているそうだ。

そこに靄がかかるときがあり、
2匹の龍が再会している、吉兆の印なのだそう。


境内には神明水と呼ばれる湧き水がある。

この水場を護る龍は、
流木から彫り出されたもので、一層の迫力がある。


かつて松崎は、
たくさんの神様が在す、信仰のまちであったと森宮司は言う。

人々の生活と信仰が一体であった時から、
家族のあり方が変化し、
神社との結びつきも弱くなっていく今、
人のこころと神社が護るものたちが、
また少しずつ寄り添うようにと、
伊那下神社の彫像たちは、
今日も松崎を見守っている。

情報は取材当時(2017年)のものです。


聞き手 : 住麻紀
撮影 : 行貝チヱ

(松崎町「絲」concept webサイトより転載)

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