【雑記】吸血鬼伝承覚書き
小説系SNSに昔、別名で投稿していた記事を整理してまとめてみました。投げ銭制にしてみましたので、よろしければお願いいたします。
【Ⅰ】
ヴァンパイア伝承はヨーロッパでもスラブ圏に特に多いものです。これは地理気候的な関係から、腐敗しない死骸が墓から発見される事が多いためのようです。
腐敗しないと言っても、表面の脂肪層が屍蝋化するだけで内部は腐敗していきますから、赤黒い腐汁が生成されていきます(内臓は真っ先に腐敗します)。その結果、墓を暴かれた際に腐っていない死体が発見され、死体に杭を打たれると赤黒い腐汁が吹き出し、吸血していたのだと誤解されたようでした。基本的にこれが吸血鬼伝説が産み出された土壌のようです。
あまり現実ばかり出していても伝奇系の話に結びつかないので、伝説に戻ってみます。
吸血鬼になる者はどういう者か?
これについては、東欧圏では第一に『まともでない人』というくくりがあります。これは、犯罪者、娼婦、貪欲な人、不愉快な人。そして異教徒が該当するようです。
第二に、まともな人間でも吸血鬼になる可能性があります。それは、その人の墓の上(あるいは屍の上)を『何かの鳥が飛び越えた時(これに関しては、どんな鳥か具体例が示されていません)』あるいは、不浄の生き物(鵲(カササギ)、鶏、雌犬、猫)が飛び越えた時。
第三に宿命的に吸血鬼になる運命を背負って生まれてきた子ども。これは、『受苦日』『四旬節』『復活祭』に渡る数週間に正式に夫婦ではない者から生まれた子ども。あるいは、この週間に死産で生まれた子ども。歯が生えて生まれてきた子どもなどがこれに該当します。
第四に自殺者、横死者、異常な高齢で死んだ者など、不自然な死に方をした者は吸血鬼になると言われています。
ブルガリアでは、腫れ物で死んだ人や、雷に打たれて死んだ人も吸血鬼になる事があるとされ、セルビアでは水死した者も吸血鬼になるとされました。
東欧では、キリスト教圏では珍しい事ですが、火葬を申請すると許可される場合がある文化圏になります(ギリシア正教会圏ですので、これにはギリシアも入ってきます)。その理由は、吸血鬼と関わっているそうです(近年は、普通に火葬もありえますので、これは20世紀初頭までの考え方だったと思って下さい)。
1657年のギリシア教会の記録ですが、サントリン島の司祭が、悪魔に魅入られた死体がありそれを土曜日に発掘したというものがあります(あちらでは、吸血鬼や悪魔は土曜日に墓に戻って休息するという伝説があるようです)。
発掘された当初の遺体は死にたてのような遺骸でしたが、悪魔払いが進むにつれて、徐々に腐敗し、骨となり、悪魔は滅びたと記録されています。
東欧(ギリシア正教影響圏)では、人間の霊魂は成長力のあるもので、血液と心臓、筋肉、内臓、目に結びついており、それらがわずかでも残っている限り、魂はその身体から離れないという考えがあるようです。この考えから、前述の悪魔払いも、白骨化したから悪魔はその死骸から去ったという事になります。
つまり、わずかでも肉片を残している限り、吸血鬼や悪魔は復活する可能性が有るために、いざという時は遺骸を燃やしてでも滅ぼさなければならないと言う事で、火葬が特例的に認められるという事になるようです。
圧倒的な力を持っていたキリスト教の宗旨(土葬とする事)を曲げるほど、吸血鬼の存在と恐怖というものは、東欧圏に根強く残っていたことになります。
ちなみに、セルビアには『彼は吸血鬼なみに殺さなければ死なない』ということわざがあり、吸血鬼=しぶといというイメージが今なお定着しているようです。
ゾンビの映画を見ればわかりますが、西欧圏において、襲ってくる亡者は基本的に肉がついているものが多く、白骨化したスケルトンが襲ってくるというものは中々ありません。そもそも、スケルトン自体は竜牙兵的な扱いであり、ギリシアの伝説にあったから出しとくか? みたいな感覚があちらのデザイナーたちにはあるようです(一緒に仕事をしていると伝わってくる感覚ですが)。
基本的に肉に魂なりそうした精霊の力が宿るという考え方が、現代でも西欧には残されているのでしょう。
なお、ゾンビも映画のゾンビですが、人を襲い仲間を増やすというその基本原則は、吸血鬼以外の何者でもありませんよね。と言う事で、現代の吸血鬼という中に、ゾンビも入れてあげていいのではと思います。
ちなみに、キリスト教では最後の審判に際しての死者の復活の教義を持つため、教会の見解として火葬を禁止してきました。1965年に、バチカンの公式見解として「火葬は教義に反しない」としたため、地域による違いはありますが徐々に火葬が許容されてきています。
キリスト教カトリックの葬儀や遺体に関しての考え方については、下記の本を読まれる事をお勧めします。
カトリック儀式書 葬儀 (第二版)
【Ⅱ】
ヴァンパイアというか、アンデッドに関係する、民俗学的な現実情報から行きます。
☆早すぎた埋葬論
一度、墓に埋葬してしまった人が蘇生し、棺の中でもがき苦しみ酸欠で死亡してしまった例です。現代では死亡後すぐに埋葬する事がないために、こうした早すぎた埋葬は避けられますが、昔は死亡後すぐに葬儀をして埋葬という事もあったことから、こうした早すぎた埋葬の例が挙げられるようです。
墓場でうめき声が聞こえた場合、教区内の長老たちで話しあいをしてから墓を掘り返すと言う事になります。つまり、うめき声を聞きつけてから発掘までにかなりの時間がかかり、大抵は蘇生しても棺桶の中で酸欠になり、助からない状況だったようです。稀に助け出されたとしても、迷信深い集落ではヴァンパイアとして殺されてしまう事もあったとか。そのため、早すぎた埋葬から甦り、無事にその後の人生を人間として歩めた者はかなり少なかったようです。
☆凍土での腐敗の遅延
吸血鬼騒動が発生した為に、該当しそうな墓を暴くと、腐敗していない死骸が発見されて吸血鬼だったと認識する例があります。この場合は屍蝋化というよりも完全な冷凍保存されてフリーズドライ状態だったと考えればいいかもしれません。
吸血鬼現象とは、狂犬病が原因ではなかったかという見解も存在します。
狂犬病に罹患すると錯乱・凶暴性の他に、夜行性・光を嫌う・水を嫌う・風を嫌うという日常のすべてを否定する存在になります。吸血鬼の弱点である、日の光を嫌う、流れる水を渡れないなどを考えると、狂犬病と吸血鬼のつながりは非常に深く考えられると思います。
ちなみに、吸血鬼に杭を刺して死ぬというのは、死ぬ地方と死なない地方とに分かれています。西欧では死ぬことが多いようですが、東欧の場合はそれで地につなぎ止めて動けなくするだけで、肉体が朽ちるまでは吸血鬼は生き続けるようです。
心臓に杭を刺せば生物は基本死にます。つまり、死なないのがヴァンパイアという考え方も東欧の一部地方にはあったようです。
それと、吸血鬼が流れる水を渡れないルールっていつ出来たんでしょうね。
考えてみると、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』は、トランシルバニアから海を渡ってロンドンにきている訳ですよね。そうすると、流れる水を渡れないというそのルールが適用されていない気がするんですが、どうなんでしょうか……。非常に疑問に思えるルールです。
【Ⅲ】
基本的に吸血鬼は、スラヴ語圏の土着信仰から来ていることは、前述の通りです。その信仰はトランシルバニアのヴラド公の悪名と混じり合い、ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』という作品に影響を与えました。ちなみに、ドラキュラはヴラド公の別名できちんとついております。ヴラド・ツェペシュの父はドラクル公(龍公)という別名をいただいており、ドラキュラはドラクルの子という意味です。
そして忘れられない存在として、吸血伯爵夫人やチュイテの野獣と恐れられたエリザベート・バートリの存在も、近代ヴァンパイアの姿に影響を与えました。ヴラド大公とバートリ伯爵夫人のいいとこ取りをブラム・ストーカーが行う事で、現代のヴァンパイア=貴公子的なイメージは作られたのです。つまり、貴公子的なイメージは本当に近代に入ってからできたものでした。
吸血鬼の古来の姿は、鳥・蛾・蝶などであったようです。その為に、有翼の死霊というイメージがあったようで、それはその名前の語源からも推測がたちます。
フランス語のVampireに対応するスラヴ語の語形はupir'という形式で、『鳥ではないもの』という意味を持ちます。
「原初的な吸血鬼(ヴァンピール)は、長い嘴をもって、犠牲者の血を吸う夜鳥の姿をしていた」とポーランドの民俗学者ヴルックナーが記しています。
ファンタジーではスタージという吸血鳥が登場していますが、それが古典的ヴァンパイアの姿だったようです。なお、マケドニアにも類型の伝承が残されていますから、ヴァンパイア伝承はキリスト教布教以前から東欧~バルカン半島付近に根付いていた伝承と言えるでしょう。
吸血鬼と化した者は、配偶者とセックスしたがるという伝承が多数残されており、死者との同衾がサキュバス伝承につながっていったという民俗学的意見があります。吸血鬼が美女の寝所を狙うというものは、この伝承に基づくものであり、類型に『魔女になった者は親族を襲う』という伝承があります。
なお、民俗学的にこの類型を追って行くと、その原初はバビロニアの『神の配偶者』に起因する事が分かります。(『金枝篇』フレイザー)
死者との結婚『冥婚』は、古代世界においてはあまり不思議な事ではなく、『まれびと』である神や死霊との結婚に関する伝承をしばし見る事ができます。吸血鬼と化したものが未亡人と化した妻とセックスをするという事から、その夫の墓を暴いた際に性器を確認し、射精痕が残されていた場合はその死骸を処置するというのがあるようです。
1874年に制作された絵画に『花嫁の心臓から血を吸う悪鬼(夢魔)』というものがあり、その絵に描かれた悪鬼には牙が生えていますので、サキュバスが犬歯を持つというのがドラキュラ以降のイメージというものが、吸血鬼マニアの間で流れていたようですが、実はそれは間違いだったりします(吸血鬼ドラキュラの出版は1897年)。
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