沖井 誠 -空飛ぶ男-
見渡す限りの水平線上に、島々の陰影が描き出す景色が広がる瀬戸内海。
広島在住の僕にとっては慣れ親しんだはずの海も、対岸の愛媛県から眺めるとまた違った景色に見えてしまうから不思議だ。
この愛媛県伊予市双海町は、「夕日の美しい街」として知られている。
海岸沿いをドライブしていると、道路に沿って飛行機の模型や宇宙人のオブジェなどが密集した場所が目に留まった。
潮風を受けて、飛行機のプロペラが一斉に音を立てて回りだしている。
慌てて車を停車させ、インターホンを押すと現れたのは年配の男性だった。彼こそが、こうした作品群の作者で、この家に住む沖井誠(おきい・まこと)さんだ。
今年70歳になる沖井さんは、5人兄弟の末っ子としてこの街で生まれた。
いまはほとんどが休耕地だけど、この辺りは段々畑で、うちもみかん農家だったね。学校から帰ると農業を手伝ってたんだけど、農業だけじゃ食べれないもんだから薪作りの仕事も手伝ってたんです。
沖井さんは、中学を卒業後、「私立は授業料が高くて通わせることができないから」と両親から言われ、市内の農業高校へ進学した。
卒業したあとはケーキの材料を卸す会社に就職し、すぐに東京へ転勤となったものの、常に管理される寮の暮らしが肌に合わず2年ほどで退職してしまった。
その後は、新聞をトラックで販売店へ配送する仕事や家具輸送の仕事に就いたが、この会社も半年ほどで辞めてしまった。
どうやら若さゆえに、沖井さんは職場での人間関係のトラブルに我慢ができなかったようだ。
渋谷へ遊びに行ったとき、たまたま昔の会社の同僚と出会ったんです。話を聞いたらガス屋に就職してるらしくって、そこで「車を持ち込んで働ける仕事があるからやってみないか」と誘いを受けたんです。
同僚の勧めで、2トン車を購入し、ガス会社へ入社した。
酸素ボンベやアセチレンガスなどを輸送するドライバーとして24歳まで働いたが、愛媛県にUターンし、今度は日用雑貨の販売会社でトラックに乗って営業と配達を兼ねた仕事を27歳までこなした。
私生活では、社内で出会った女性と交際し、わずか3ヶ月で結婚。
そのあとも沖井さんは建材屋など、さまざまな職種を転々としたようだ。
27歳のとき、渋谷で働いていた同僚から再び声をかけられ、東京の会社に再就職することになり、それが沖井さんにとって人生を捧げる仕事になった。
56歳で早期退職し、愛媛へ帰郷して今に至る。
こっちへ戻ってきたときに、妻とは離婚しました。帰って来た理由は、まず都会での暮らしが嫌になったっていうこと。だんだん仕事の厳しさや人間関係についていけなくなったこともあってね。それと、40歳になる頃に購入したマンションのローンを完済して身軽になったことも大きかったですね。あとは、実家に認知症の母親が一人で住んでたんですよ。僕が戻って来てから6年ほど経って、母親は他界しちゃいましたけどね。
一時期は兄の仕事を手伝いながら、土木建設業の手伝い要員として繁忙期に各地の現場をまわったこともあるそうだ。
そんな沖井さんは、2016年3月から作品づくりを始めた。
ここにいると、とにかく暇なんですよ。だから、最初は毎日浜から拾ってきた石を、垣根の下に敷いていたんです。要は暇つぶしに始めたことなんです。
次に着手したのは、殺風景だった部屋を改造することだった。
裏山から竹を取って来ては、外した窓枠に竹を組み替えるなどして、現在も大半の時間を過ごしている自室を半年かけて改修。
そして翌年2016年11月から、小さい頃から憧れていた戦闘機やロケット、宇宙人の模型などをつくり始めた。
部屋づくりが途中で嫌になって飽きてきたんです。同じことばっかりやってたからね。浜に行くと発泡スチロールがたくさん流れ着いているでしょ。しばらく眺めてたら、発泡スチロールが人の顔に見えるなと思って、遊びがてらノコで削ってみたら何だか形ができてきたから、試しに宇宙人をつくってみたんです。このあたりは、田舎だから何もないじゃないですか。だから目印になるようなもんがあってもいいかなと思ってね。
よく見ると宇宙人の「手」の部分は、エアコン用屋外排水ホースが使われている。
これらは、全て海岸に流れ着いた廃材なのだ。
以来、沖井さんは目の前の海岸に漂着したブイや発泡スチロールなどを使って、雑誌の写真を見ながら戦闘機をつくり始めた。
「F4Uコルセア」や「カーチスP40-Eウォーホーク」など全て実際の戦闘機をモデルにしている。
小学校の頃から『紫電改のタカ』や『0戦太郎』などの漫画を読んでいた沖井さんにとって、戦闘機は憧れの存在なのだ。
飛行機の素材は部屋の改造で余った竹を割って板状にして、表面に解体したビールの空き缶を貼り付けているんです。最初の頃は、接着剤で竹の上に貼ってたんですけど、いまはビスで留めているんですよ。
翼は発泡スチロールと木を合わせ、プロペラはビールの空き缶を加工し、風が吹くとプロペラや機体そのものが回転する仕掛けになっている。
家の裏の倉庫で、沖井さんは一ヶ月以上掛けて毎日少しずつ制作していく。
忠実につくるのではなく、アニメのような絵柄の塗装にしているのは、同じくらい好きだった大好きなアメコミの影響のようだ。
「アメリカ人はユーモアがあるからね」と笑う。
あるとき、部屋の窓から海を眺めていたとき、ここに飛行機がとんでりゃいいなと思ったんです。ここで自分のつくったものを眺めていると、戦闘機に乗ったような気分になるからね。
よく見ると、戦闘機の運転席には、100円ショップで購入したという宇宙人の玩具があったり、男性の人形が座っていたりする。
男性の人形は髭を生やしているから、どうやら沖井さん自身のようだ。
お話を伺っている途中でも、波音ともにビュンビュンと海からの風が吹き抜けていく。
風の強い地域のため、竹が折れて飛んで行ったこともあるそうだ。
現在は改良を重ね、強風や台風に備えて、地面に固定した竹やパイプから機体を取り外すことができるよう工夫している。
近所の人は、僕がこんなことやってるのは知ってるんだけど、あんまり関心はなさそうだね。ちょっと前にお巡りさんがやってきて、「撤去しろ」とか言われるかと思ったら、「ちょっと見せてください、これは零戦ですか」と嬉しそうに話をして帰って行かれましたよ。もう設置するスペースがどんどん無くなっちゃってるけど、将来的には自分が乗れるようなものをつくれたらいいね。絶対、置くところがないんだけど。それで、やっぱりこの部屋から眺めてるのが良くってね。
話を終えて波音がする方を振り返ると、窓から海が見えた。
まるで窓枠は額のようでもあり、その中で雄大に風を受けて勢い良く戦闘機が回っている。
この景色を独り占めできるなんて、本当にうらやましい。
しばらく眺めていると、僕も一緒に戦闘機に乗ったような気分になってきた。
沖井さんは、こうして何年もこの景色を見続けて、空想の世界に浸ってきたのだ。
<初出> ROADSIDERS' weekly 2020年09月02日 Vol.419 櫛野展正連載
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