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平井 佐知子「穴から見える可能性」
1.山梨にある人気のベーグル専門店
山梨県中央部に位置し、自然豊かな穀倉地帯として知られる中巨摩郡昭和町。
町内には、可愛らしい三角屋根の一軒家が特徴的なベーグル専門店「Ring Bagel(リングベーグル)」がある。
北海道産小麦を使用したオリジナルの生地でつくるベーグルは、香り高くもっちりとした食感を楽しむことができる。
油脂や乳製品、保存料などは一切使っていないため、素材そのままの味が人気の秘訣になっており、県内外からも多くのお客さんが訪れる人気のお店として知られている。
独学でベーグルを研究し、この店を2009年6月に立ち上げたのが、主婦の平井佐知子(ひらい・さちこ)さんだ。
2.将来の夢は
平井さんは、1978年に山梨県中央市で3人きょうだいの長女として生まれた。
小さい頃は、真面目でいわゆる「普通」の子どもだったという。
「音楽好きだった父親がよくレコード店に連れて行ってくれたので、私も音楽を聴くのが好きになりました」と当時を振り返る。
父親は鉄工所を経営していたため、「自分もいつかは起業するんだ」と子ども心に感じていたという。
小学校4年生からは、バスケットボール部へ入部し、汗を流した。
無理に腰を酷使しすぎたことが原因で、腰を痛めてしまい、中学・高校では選手として身体を動かすことはできなかったが、バスケットボール部のマネージャーとして携わったようだ。
父親が体を壊して糖尿病になってしまったため、高校2年生からは、「少しでも役に立ちたい」と栄養士を志すようになった。
卒業後は、東京都内にある大妻女子大学短期大学部へ進学。
3.飲食店巡りを機に
年子だった妹も栄養士を目指して上京してきたため、途中からは共に暮らし始めた。
「休みのたびに、妹と2人で都内の飲食店を巡るのが、とにかく楽しかったんです。その頃の思い出から、いつかは自分も飲食店を経営してみたいと思うようになりました」
大学を卒業したあとは、山梨に離郷し、病院や医療施設などに食事サービスを行う企業で栄養士として働いた。
将来は起業することを視野に入れていたが、社内に優秀なスタッフが多かったため、そうした人たちから、できるだけノウハウを吸収するために勤務を続けた。
25歳のときには、2歳年上の男性と結婚し、3人の子どもを授かった。
2人目を妊娠したタイミングで8年勤めた会社を退職し、以前から憧れていた飲食業の可能性を平井さんは探り始めたというわけだ。
「長男が小さかったので、飲食業と言っても、夜働くことはできませんでした。朝働くとなるとパン屋さんしか思いつかなかったんですけど、『何かひとつだけで勝負するなら』とたどり着いたのがベーグルでした。起業したあとで、ベーグルは食べ歩きまでするマニアの人がいることが分かり、県内にはベーグル専門店も皆無だったので、これなら大丈夫かなと舵を切ったんです」
ところが店舗運営の経験もなかった平井さんにとって、開業資金の融資先を得ることは難しかった。
色々調べていくうちに、偶然にも敷金礼金無しで使うことができる物件に巡り合い、厨房機器もリサイクルショップなどで調達し、看板なども最低限の設えにした結果、何と総額50万円足らずの開業資金で店舗をオープンすることができたようだ。
4.突然の転機
「とりあえずオープンするのが先決でした」と話すその熱意とスピード感には驚かされてしまう。
「おしゃれな看板もなくて最初は全然売れなかったんですけど、近所に配ったり公園でお母さんたちに販売したりしているうちに、5ヶ月ほど経った頃から、開店前にお客さんが並ぶようになって、地元紙にも取り上げられたことで評判の店舗になったんです」
ひとりで店を切り盛りしていたが、人気店になったことで大工をしていた夫が手伝うようになり、あるときから夫は大工を辞めてベーグル店専属で働くようになった。
2012年には、同じ町内に移転し、店舗を拡大。
従業員を雇用し、忙しくなってきたところで、転機は訪れた。
「半年前から1時間経っても夕食の買い物が終わらなくなってしまったんです。おかしいなと思いながら働いていたんですが、あるとき、呼吸困難になり緊張して身体が震え出したんです。通院したところ、パニック症候群という診断が下りました。過労と育児によるストレスが原因のようでした」
オープン当初は、深夜2時に起床して、ベーグルの生地を制作。
夫が出勤する朝6時には家へ戻り、子どもを保育園に預けてから、15時から17時まで店舗をオープンし、睡眠時間は4時間ほどという生活を続けていたようだ。
「昔から父親に、『自分で仕事をするように』と言われていたんです。私は掃除や洗濯が得意じゃなかったから、何か自分が得意なことを子どもたちに伝えることができれば良いなと考えていました。私にとっては、それがベーグルだったんです。だから、睡眠時間を削ってでもお店をやりたかったんですよね」
パニック症候群により接客ができなくなったが、裏方として紙袋を当てて過呼吸を抑えながらベーグル制作などを続けた。
幸いにして、夫やスタッフの理解があったため、休憩を取りながら自分のベースで仕事を続けることができたようだ。
5.穴から見える可能性
主治医から「生き方の問題だ」と告げられたこともあり、「Ring Bagel」の代表権を夫に移し、平井さんはレシピ開発などに専念するようになる。
そして、焼き菓子のレシピを考案し、県内には本格的な紅茶専門店が少なかったことから、今年6月には2店舗目として甲府市内に「フクロウ紅茶店」をオープン。
店長を雇用し、平井さんがいなくてもお店が回るように工夫した。
さらに、オンラインで焼き菓子店「麦ノワ」を開店し、体調に応じてつくった焼き菓子の販売をインターネット上で続けている。
「色々な飲食店がやりたかったので、ベーグルや焼き菓子だけではなく、今後もきっと違うことをやっていくと思います」と教えてくれた。
「パニック症候群になったことが大きくて、体調によっては働けない日があるんですが、紙袋持ちながらでも仕事を続けていたから、物事が良い方向に進んだと感じています。飲食が好きなので、ビーガン系の料理教室を開いたりレシピ本を出したりなど、今後も『食』を軸にいろんな働き方をしていきたいと思っています」
噛めば噛むほどに広がる小麦の味わいが広がる「Ring Bagel」のベーグルは、毎日15種類近くのベーグルが並び、季節限定商品もあるなど充実したラインナップが特徴だ。
独学で始めたとは言え、闇雲に事業を進めたわけではなく、店舗の客層に応じて、平井さんは打ち出すコンセプトを変えていったようだ。
例えば、「Ring Bagel」では店名ひとつを取っても、ベーグルの「輪っか」の「Ring」を店名にしているし、幅広い年齢層のお客さんが味を想像できるものだけを置くように心がけた。
いっぽうで、「フクロウ紅茶店」やオンライン焼き菓子店「麦ノワ」では、オレンジとチョコを組み合わせたり、オリーブやハーブを使ったりと、新しい味に挑戦していった。
現在はメニュー開発や焼き菓子制作を中心に自分のペースで仕事を続けている平井さんだが、彼女の話を伺っていると、さまざまな可能性に気付かされる。
子育てをしているから、病気を患ったからと言って、何かを辞める理由にはならない。
やり方さえ変えれば、自分がやりたいことは続けることができるのだ。
それが、「自分らしく生きること」だとしたら、そんな彼女の生き方から学ぶべきことは多いはずだ。
手に取った真ん丸いベーグルの穴を覗いてみると、そこには無限の可能性が広がっているかも知れない。
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