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2024年全国大会③(番外編)

8/18(日)北海道4日目の朝、この日も曇天だった。
少し小雨も降る中、富良野へ向けてホテルを出発。
1時間ほど高速を走ってからは、残り1時間半の一般道を走る。
木々の生い茂るカーブ続きの国道は夕張山地を横断する道路で、走っていると熊出没地との看板が立てられている。

北海道に行くにあたり、熊鈴を娘に持たせようとしながらも準備できずに悔いていた詩音ママの話を思い出す。
「もし熊に遭遇したらどうする?」「なっちゃんに戦ってもらおう」「あゆみんもおるで」なんて詩音と軽口を叩きながら運転する。
本当に遭遇せずに済んでよかったが、もしも運転中に熊と遭遇したら、まずは落ち着いて熊を刺激しないようにやり過ごすことが大切らしい。
2台連なって走っているので、うまくかわせるかのだろうかと考えながら国道を走った。
帰ってから「ひぐまっぷ」なるかわいい名のついた熊出没情報を見ると、めちゃくちゃ目撃情報の多い道路だった。

休憩することなく走り続け、ようやく目的の「ファーム富田」に到着。
9:00のオープンに合わせるように丁度いい時間についた。
車を降りると真夏だというのに肌寒い。
肌寒いのに入口すぐにある売店でソフトクリームを買う若者たち。
私ははちみつプリンをいただいた。ラベンダー味には抵抗があったもので。花より団子を体現している集団です。

園内を散策しながら、ほぼ刈り取られたラベンダー畑を覚悟していたものの、サルビアやマリーゴールドが綺麗に咲いていた。せっかく綺麗な花畑も曇り空では写真が映えない。
ひと通り写真を撮ると、やはり食に走る走る。
メロンにコロッケにスープにじゃがバター、食べられるものは何でも食べる。
ばーばたちもメロンは食べていたようで、メロン嫌いな楠元さんだけが「私は食べん!」と一人歩いていた。
別に食べなくてもみんなと居ればいいのにとは思いつつ、最長老の性格を熟知した私は敢えて余計なことは言わない。

出発予定時刻より少し前に集合場所の入り口に戻ると、想像通りばーばたちが椅子に腰かけて団欒中。今にも雨が降りそうな中でも雨には遭わず、良かったねと言いながら次なる目的地、お隣美瑛町の白金青い池へ向かう。

到着間際でまあまあ強めの雨が降る。
車を停めて散策を始めると、これまたラッキーなことに雨は止んだ。
大型バスが多数来ていて観光客でごったがえす。
生憎の空模様でまたもや写真は映えない。
人混みの隙間を狙って、取りあえず訪れた証にと写真撮影してそそくさと車へと戻る。

途中の売店では青い池に因んだ青い食べ物がたくさん。
青い池ソフトクリーム、青い池プリン、青い肉まん、青い池茶などなど。食欲旺盛な若者も誰も惹かれなかったようで此処はスルー。
ばーばがトイレに行きたいけど凄く並んでるからどうしようというので、すぐ近くに道の駅があるからそこへ行こうと、道の駅 びえい「白金ビルケ」にも立ち寄ることに。

ここでトイレ休憩を済ませたら、次の目的地は車で20分くらいの四季彩の丘。時間はAM11時過ぎ。
昼食の予定は四季彩の丘のレストランだが、何せお盆休みの日曜日、どれだけ混みあっているかは想像が付かないので、軽食くらいは食べておいたらと提案したところ、ばーばたちはでっかいチュロスを一人一本握りしめていた。しっかり食べるから元気なんよな。

淺木号はハイエースを運転したいという、なっちゃん、もえぴ、紗央里が運転を交代しながらのドライブ。
ばーばたちの車では、車窓から見える様々な畑を愛でながら、口々にあれはとうもろこしじゃ、あれはアスパラ、あれは玉ねぎなどなど、専ら畑に植えられた野菜が何であるかが一番の話題。そして最後は「この広さは植えるのも収穫も大変じゃ~」と農家さんの気持ちになって話が終わる繰り返し。
ただ、蕪らしき葉っぱが6人のばーばをもってしてもなんの野菜かわからなかったようで、最後まで「あれは菜っ葉のどれかじゃ」「サラダに付いとった紫の蕪じゃ」と答えはまとまらずじまい。

四季彩の丘に近付くと綺麗な花畑が道路から見えた。徐々に太陽が顔を出してきて、車を降りる頃には暑いくらいだった。
入場するなりまずは腹ごしらえにレストランへ一直線。
ばーばたちは定食やラーメンを注文、若者のほとんどはスープカレーを注文した。北海道名物は全て食べ尽くす勢い。窓越しにきれいな景色が見えたものの、誰も景色に興味を示している様子はなかった。

食後はいよいよ花畑へ。
しかし暑いから歩きたくないなと思い、ノロッコ号というトラクターで引っ張ってもらう2両編成の場内遊覧バスに乗ってみた。これがなかなか快適。
最前列でしっかりと手摺を握って、行儀よく観光しているばーばたちがかわいくも見えた。
カラフルな花の絨毯が限りなく広がる青空と夏らしい入道雲とに映えて、抜群に綺麗で感動的だった。みなスマホ片手に撮影に夢中になる。
とにかく空の広さが気持ちよい。北海道らしさを十分に感じられた瞬間だった。
さっきは雨に降られずラッキーで、今度は太陽が出たおかげで綺麗な写真が撮れてラッキーだという会話をした。

しばらく走ると撮影ポイントで一旦停止。車両から降りて撮影してきていいよと数分の猶予を与えられた。
思い思いに撮影が始まるので、とにかく集合写真だけはと並んでもらう。
広がると後ろの花たちが写らないので、富良野で編み出したできる限りくっついて姿勢を低くする方法で若者を写真に収める。

続いてばーば。仲良く肩組んで並ぶも、毎度毎度いかなる時も真顔の今井さんの表情は崩れない。
全員で並ぶと足の悪いばーばを前列で座らせる若手は以後気を付けるように!
私も膝が曲がらないので気持ちがよーくわかる。
まだ撮影タイムの若者と違ってばーばは早めにノロッコ号へ戻る。そして運転手のおじさんの帽子に付けた”オニヤンマ君”に話題は集中。ハエ、蚊、アブ、蜂などの虫よけに効果があるとされる話題のオニヤンマを模した虫よけグッズ。本当に効果があるようだった。

遊覧を終えると今度は自由時間。
アルパカ見たい!ということでアルパカ牧場へと行ってみると、入場料500円にみんな尻込み。「足元は見えたし」という意味不明な理由でここは入らずじまい。
続いてバギーはどう?と聞くとそこに居たみんな「乗りたい!」とノリノリ。

乗車チケットの列に並び、2人乗りを2台購入。
カラフルな真ん丸ヘルメットを被って説明を聞く姿が、遠目にシュールでもありかわいらしくもある。私は詩音がカリメロにしか見えなかった。カリメロって若者は知らないからみんなに伝わらなかったけど。

綾乃が運転で後ろがななみの組み合わせは、先輩ギャルと後輩といった雰囲気。
先頭の詩音は後ろにあやてぃんを乗せて、体の大きなあやてぃんがカリカリの詩音の腰を掴み出発していった姿がこれまた滑稽で面白かった。

コース外から必死で撮影していると、コースに入って撮っていいよと意外な声掛けをいただき、遠慮なく中に入って撮影しまくった。
調子よく出発した2台は林のようなところへ消えていき、戻ってくるであろう場所でスマホを構えて待機する。
まだ姿は見えずとも、詩音が近づいてきたとわかる騒がしい声が聞こえてきた。声だけでも楽しそうで引率係は嬉しいです。

ゴール地点にはスピードを下げさせるために、ドラム缶のようなもので道幅を狭くしている。ようやく姿を現した詩音は「イエーイ!」と元気に登場し、イキッった感じで「ブンブーン」と口で言いながらもバギーは超ゆっくり帰ってくる。
一旦停止し、「急発進するんよー」と訴えるあやてぃんがそう言い終わる前に急発進してバランスを崩されているのが絶妙に面白かった。

続いて綾乃は砂埃を上げながら颯爽と、そしてチャラそうに戻ってきた。日頃から原チャ乗り回してるだけあってなかなかの腕前。
これは是非ともほかの子もやらせたいと思った私は、お土産売り場で買い物三昧の若者を呼びに行き、続いて3台の乗車券を購入。
出発予定時間は超えるけどごめんねとばーばにも声掛けに行くと、木陰を見つけて6人のばーばがぞろぞろと様子を見に来た。なかなか前のめりに見学する姿は、さながら我が孫の運動会を見に来たばーちゃんの集団だった。

後ろにあゆみんを乗せた竹ぴは、出発するや否や右手の畑に突っ込みにいく。
「わー!」って叫びながらも止まらず突撃する竹ぴに、行ってきます!って笑顔で手を振るのをやめて後ろからハンドルに手を伸ばすあゆみん。いきなり怖いよね。
無事帰ってこれるか心配していると、次に出発のかのんももえぴを乗せて右の畑へまっしぐら。
一体何に吸い寄せられてんの!

最後はなっちゃんの運転でゆみちゃんが後ろに乗車する。
みんな黄緑色のかわいらしいバギーだったのに対して、なっちゃん号は渋めのシルバー。
これが良く似合う。見ているだけで安心感のあるバギーがまっすぐ飛び出していった。さっきと同様にゴール付近に待機するもなかなか戻って来ない。
ようやく竹ぴが姿を現し次がまた遅いなと思っていると、運転手がもえぴに交代して現れた。誰よりも猛スピードで走る抜ける大森姉妹。これまた最高の笑顔で帰ってきた。
ラストはなっちゃん号。全員に見守られながらゴールしたところで、そろそろ出発時間のタイムリミット。
すっかりお天気で暑いので、車のエンジンを掛けエアコンを付けてみんなを待つ。
次々と戻ってくるばーばが、「若い子が楽しそうで私たちも楽しいし嬉しい!」と言いながら乗り込んでくる。
その言葉に私も嬉しく思う。人の笑顔は周りを笑顔にする。

ここからは今日で愛媛に帰るもえぴと竹ぴを空港まで見送り。
少し大回りしてイチかバチかで”パッチワークの路”を通ってみることにした。ここの景色も時期が良ければ最高に美しいのだが、残念ながら収穫を終えた畑ばかりで期待した景色は見られなかった。
旭川まで北上して高速道路に乗ると、あんなに弾丸トークのばーばたちが寝静まっているのを見て、これからまだ2時間の単なる移動はかわいそうに感じた。
詩音に連絡を頼み、次のパーキングでトイレ休憩したらあやてぃんと私が交代して、ばーば号をホテルに直で向かってもらうようお願いした。運転手のあやてぃんも少しは昼寝できたらいいなと。

私は若者号に乗り込み、これまた寝静まる子たちを乗せて新千歳空港へと向かった。
あとで聞いた話だが、このあとばーばたちは急に元気になり、「詩音先生どこに遊びに行くで?」と騒ぎはじめて大変だったと聞いた。
この日の夕食は自由としていたため、中華が食べたいというばーばのために、詩音が近くの店を探してあげたんよと自慢げに報告してくれた。
翌朝になって、「あの店は思ってた中華のお店じゃなかった!」とクレームを受けたとのおまけつきだった。

さて若者号は一路空港へ。
送迎車両の停車エリアはパンパンだった。数日前にレンタカーのおじさんと揉めた場所だと誰かが言っていた。
眠気眼の2人を降ろし車内から見送ると、車はすすきののホテルへとトンボ帰り。

ホテルに戻るとゆっくりする間もなく街へ繰り出す。
すすきの駅の目の前、ココノススキノという商業ビルの中にある“回転寿司根室花まる”へ。
番号札を取り並んでいるうちに打ち止めの看板が出され、やっぱりうちらツイてるねって話をした。
順番が来るまで周辺のお店を散策したり、よくわからないゲームで盛り上がっていた。

座席は二手に分かれることになり、先に用意できた席へお腹を空かせた若者を行かせた。
我々は後から手前の席に着き、先に入った子たちの姿は見えない。
注文方法が分からず苦戦しながらようやく注文完了したところで、若者の席の様子を伺いに行ってみる。
さぞかしたくさん注文していると思ったら、この子たちも注文方法が分からず流れてきた寿司を地味に食べていたようで、せっかく来たのだから好きなものを頼むようにと伝えて席に戻った。

注文の品が来る前に流れてきた鶏唐揚げを取って食べるも、そいつはマグロの唐揚げだった。最後にエビ天巻きが美味しそうと取って食べるも、先に食べた綾乃が「なんか違う~、納豆みたいな味がする」とのこと。メニュー表をチェックしてみるとその正体は納豆天ぷら巻きだった。
初めて行く回転寿司店は難しいことを思い知った。

たらふく食べた後は、同じ施設内の北海道四季マルシェというお店でお土産を買い込んだ。ホテルへ戻るとすぐに夜景を見に行こうということになり、部屋にも上がらず車に乗り込み、もいわ山ロープウェイ山麓駅へ。
車でも上がれるようだったけど、これも記念にとロープウェイで登ってみることにした。
チケット売り場まで行くと、「現在濃い霧が出てきて視界不良です、了承いただける方のみ購入お願いします」とのアナウンス。
せっかく来たのだからと私は迷わず購入したが、引き返す人もちらほら。

中腹駅まではロープウェイで登り、そこから山頂駅へはケーブルカーに乗り継いで上がる。そして展望台に到着する頃にはさっきの霧はどこかに消え去り、とても綺麗な夜景が広がっていた。
日本三大夜景といえば函館の函館山・神戸の摩耶山・長崎の稲佐山だけど、藻岩山は新三大夜景に選ばれているらしい。
ひとしきり満喫したくらいから、薄っすらモヤがかかってきた。ということで此処でも、うちらめちゃツイてるねという話になった。

ホテルに戻った頃にはもうクタクタ。いつもならコンビニでビールでも買って飲むところ、この日も部屋に帰ってシャワーを浴びたらすぐに眠りについた。

8/19(月)北海道最終日。
この日は朝からお腹を空かせて札幌場外市場へと向かった。
朝ご飯を食べる店を探しながら歩いていると、どうやら後方の集団はメロンやらカニやらを試食させてもらっていたようだ。今からご飯なのに!
数件覗きながら、カニが食べたかった私は“うめぇ堂”というお店に決めた。
自由行動としていたがみんな行き着くところは同じなのか、結局全員勢ぞろいで店内の座席を埋め尽くした。
思い思いに海鮮を注文し、朝食には贅沢過ぎる食事内容も「せっかく北海道まで来たんじゃけん」の言葉のもとに食べたいものを食べたいだけ食す。

食後はお買い物タイム。
野菜と海鮮のお店に目星を付けていたものの、途中でめちゃくちゃ美味しいとうもろこしの試食にハマって予定外に時間を使ってしまった。
「今日持って帰れるよ」の殺し文句に次々と購入する。生で食べてもかなりの甘さに感動を覚えた。
みなさんすっかり財布の紐が緩んで買い物を謳歌した。

出発予定時刻を少し過ぎ、今度は白い恋人パークへと向かう。
此処でもお土産を買い込み、お腹空いた人は昼食をと伝えるもみなさんさすがにお腹は空かず、残りの時間若者は施設内を散策してソフトクリームを食べたり写真撮影にいそしんだり。私はコーヒータイムにしようとカフェエリアに行くと、すでにばーば6人が小さなテーブルを取り囲んでおしゃべりで盛り上がっていた。仲のいいばーばです。

その後札幌市を離れ、空港近くの恵庭市にある“むらかみ牧場”へ。
広大な畑がたくさん広がる景色を見ながらのドライブは気持ちよかった。
車を降りるとすぐにどうぶつ広場があり、豚、うさぎ、ヤギや馬に餌やり体験ができた。
酪農体験の受付を済ませ、集合場所で説明を受け、ぞろぞろと牛舎の方へ向かう。
想像以上に大きな体の牛さんが登場し、団体ごとに写真撮影タイムが設けられた。
女ムツゴロウの綾乃はでっかい牛にも物怖じせず果敢に攻める。
私らは写真要らんって拒否していたばーば6人衆も、他の観光客が去った後でちゃっかり写真を撮る。

乳搾り体験は「子供の頃にヤギの乳搾って以来じゃ、60数年ぶりじゃ」と事前に5、6回は聞いたが、毎回初めて聞く風に接する若者たち。
言うだけあって、さすが皆さんお上手だった。若者たちも負けず劣らず上手に搾れていた様子。あの感触はなかなか味わえない不思議な感覚だった。

次の子牛への餌やり体験は、先ほどの動物広場でさんざん楽しんだのでほとんどがスルーする中、宇都宮さんはガシガシと子牛を触りながら大量の干し草を与えていた。

次はバター作り体験。用意されたペットボトルの中に冷えた牛乳と生クリームが入っていて、これをとにかく一生懸命振るというもの。
開始早々天国と地獄の曲を流してくれるものだから、みんなそのアップテンポで一心不乱に振る。
目に見えて液体が固体になると思っていた我々は、もうできていると言われるまで気付かず振り続けた。
ペットボトルを切断し、中身をろ過すると無塩バターが現れる。それをクラッカーに添えて試食。これがなかなかうまかった。
元気に振りすぎた若手より、程よく疲れ果てたばーばの方がうまく作れていた。

その後、もう一度どうぶつ広場でふれあいと写真撮影を満喫したら、空港近くの道の駅に寄ってトイレ休憩と荷物整理の時間を取った。
その後は時間に余裕をもってレンタカーを返却し新千歳空港へ。
4泊5日の北海道の旅もようやく終わり。後はもう帰るだけ。

試合が1試合で終わってしまったが為に、旅行で北海道に来たのではと錯覚するくらい食べて遊んだ。

新千歳空港に到着すると、ますは大量の荷物を預けて身軽になりたい。
松山空港とは違って此処ではセルフで手荷物預けの手続きをする。これがばーばには難関だ。若者がお手伝いをしながら作業してくれるのがありがたかった。しかしお土産で重量の増えたカバンは規定の20㎏をオーバーし、有人カウンターへとの案内が出て作業が前に進まない。
追加料金をまとめて払うと伝え、重量オーバーのカバンたちを順に有人カウンターで受付を済ませると、団体みんなで一人20㎏なら追加料金は不要との説明を受け、今度は荷物の少ないばーばたちに感謝した。

この後フリータイムとし、「JALの保安検査場前に集合ね」というと「どこかわからん」と言われたので、綾乃が空港を走って場所を確認し、「あの奥に見えてるDの看板の前ね」とばーばたちに周知してくれた。

空港では大会に参加した多くのチームが続々と帰路についていて、みんなが一斉に帰るのは空路で行かなくてはならない北海道ならではの景色だと思った。陸送で行くなら負けたら帰るのが一般的なので。

やっとのことで全員の荷物を預けたら、16時頃にお昼とも夕食とも言えない時間に食事タイム。みんなお昼ごはん食べてないもんね。
若手の集団は迷わずラーメン屋さんゾーンへ行き、北海道食い倒れの旅の締めにふさわしくお腹いっぱい食べた。ばーばは蕎麦屋さんの前にたむろっていたけど、結局パンなどを買って食べたらしい。

みんなが早めの集合をしたので、検査を済ませて制限エリアへ内へと移動する。
羽田便が少し遅れているようだったが、特に気にも止めていなかった。別便の綾乃に見送られながら、5分ほど遅れて17:30発JAL520便羽田空港行きに乗り込んだ。

そしてそれから2時間半後、空港のはさみ紛失事件にも巻き込まれず、台風もうまくかわし、全てがラッキーでうちら運良すぎるやん!って言い続けた運も尽きたようで、最後の最後に特大の大どんでん返しが待ち受けていた。

関東地方ではその日ゲリラ雷雨が発生していたようで、飛行機も乱気流や積乱雲にハマりながらたくさん揺れため、ベルト着用サインが早い段階から点灯した。
雷雲を避けるためか航路を外れた飛行機はなかなか着陸態勢に入らない。到着が遅れる旨の放送だけは何度も流れる。
乗り換え時間が45分と短いために次第に焦りが出る。
ようやく羽田上空に辿り着くも、雷雨と混雑する滑走路のせいでなかなか降りられず、到着が遅れますとの放送に益々気が気じゃない。

それでも滑走路が混んでいるなら松山便もまだ飛んでないだろうと考え、貨物の積み替えも時間かかるし、その時間でなんとか広い羽田空港の中で搭乗口を見つけ出して移動せねばと気を揉んだ。
あの広い羽田空港で無事乗り継げるのか、17人の移動で誰もはぐれず動けるだろうか。
そんなことより、ばーばは走れるか?
よりによってこの便だけは変更で航空券を取り直したことで、みなバラバラの席で事前に打ち合わせもできない。
乱気流に揺られ続けてなかなか席を立てないことも不自由だった。やっと飛行機が羽田に着陸し、電子機器OKの放送の瞬間を待って前の方に座る紗央里にすべてを託すLINEを送った。一番後方に座る私は前の人たちが下りるまでは身動きが取れない。

JALからのメールで搭乗口の変更が書いてあったので、前に座るあゆみんに4番搭乗口目指して走ってくれとお願いした。調べたところ、下りたところとはまた真反対の搭乗口で絶望した。
飛行機内でCAさんに松山便がどうなっているの聞いてみるも、地上スタッフに聞いてくださいとのこと。降機が始まっても松山便と広島便乗り継ぎの方は地上スタッフに問い合わせくださいとの放送で状況がわからない。
経験上飛行機が待ってくれていたら優先的に降ろしてもらえると踏んでいたが、その気配がない。
先に降りた子たちが地上スタッフに言われたのは「9番カウンターへ行って下さい」だけとのこと。最後に降りた私も地上スタッフに聞きたいことがあったけれど、行けば間に合うのかと改めて聞く時間も惜しいくらいに必死で移動した。

あやてぃんとはここでバイバイ!みんな慌てすぎてめちゃくちゃ雑なバイバイになった。

大量のお土産を抱えててんやわんやの集団は、言われた9番カウンターがどこかもわからず右往左往。トイレも我慢させてとにかくわけもわからず走り回った。
警備員さんに聞いてもわからず、近くに聞ける人もなく、状況がわからぬまま時間が過ぎる焦りと言ったらもう。

松山便は出発したのかどうかという肝心な情報がもらえず、違うカウンターまで走って松山便の行方を聞くと、もう出発しましてあれが最終便ですとの返事。
それが知りたかったのだよと心の中で突っ込みながらみんなの所へ向かい、今日は空港で寝る覚悟をするよう伝え、とにかく手荷物を受け取って出口へ向かうよう指示し、トイレを我慢させていた人たちにゆっくりトイレに行っていいよと伝える。

全員荷物を受け取ったら出口付近で待機するように伝えて、私は2階出発ロビーの9番カウンターを探す。人気のないそのカウンターでは、JALのほうでホテルを手配してくれる旨と、明日の朝便の航空券を手配してくれる旨が説明された。
この手配にもかなりの時間を要したが、何かあった時のためにと全員の航空券番号を控えて印刷していた自分に感心した。これが無ければまだまだ待たされるところだった。

ようやく全員分の航空券予約とホテル予約を終え、1階のみんなが待つ場所へと向かう。
この便なら昼からは何とか間に合うだろうと言うと、翌日仕事だった子たちは全員休みもらいましたとのこと。段取り早いな。電話越しに笑われたらしいが、優しい職場で良かった。各職場の皆様、その節は本当にありがとうございました。

説明を受けたとおりに空港内移動のバスに乗ると、第1ターミナルを出発してから10分近くも走った。さすが大田区の面積の1/3を占めるだけあって広い敷地面積を誇る羽田空港。
絶対にクタクタのはずのばーばが文句も言わず頑張って移動する姿に、申し訳なさと健気さを感じる。
車内では「来年の岩手はバスがいいわ」というばーばの声がちらほら。

第3ターミナルへ移動が完了すると、2階へ上がりホテルの入り口を目指す。詩音が空港の人に尋ねながら方向を確認する姿に頼もしさを感じる。窮地に陥ったことでみんなの様々な面を見ることができたように思う。

やっとのことで空港直結のホテルのロビーへ到着すると、そのハイクラスな佇まいにみなさん急にテンションアップ。ヴィラフォンテーヌ羽田空港、1回聞いてもホテル名もルートも覚えられずJALの方にメモをもらって辿り着いた。
しかしかなりの時間受付で待たされ、なかなかチェックインができない。
その間に詩音と宇都宮さんはイギリスの方とお話したらしい。何語で喋ったのかは知りませんが、絶対に日本語だと思う。
JAPANのジャージを着た良く日焼けした方たちも居て、パリ五輪からの帰りに羽田で一泊するのだろうなとか勝手に想像した。どの競技の誰かもわからず申し訳ございません・・・

ようやく順に名前が呼ばれ、団体受付ではなく個々にセルフチェックインをしなくてはならなかった。ばーばから先に呼ばれるも、その機械はばーばには超難関。
手の空いている若者を指名し、ばーばの住所などをヒアリングしながら機械に入力していく。その間に自分の名前が呼ばれたら上手く担当をチェンジしながら入力作業を行った。
全員の住所入力まで必要でこれまた時間を要したけど、これもドタバタの最後だと思えば楽しめた。
いつもはばーばにフォローしてもらって練習している若手が、こうしてばーばのお手伝いができて、お互いの得意なことで助け合える風景がなんとも微笑ましかった。

宇都宮さんが「今晩は宴会じゃ!」と息巻く。なんとも元気なばーばたち。

部屋が決まって入室を終えたくらいに、みんなの部屋番号をLINEで入力してもらう。
これも私なりの危険予知。
時間はもう21:30を過ぎていた。
ホテル1階のレストランなら深夜1時まで営業しているとのことで、元気な人は22:10にレストラン集合とアナウンスしたところ全員が集合した。

16:00くらいにがっつりラーメンやら餃子やらを食べたはずなのに、今度もがっつりカレーやら焼き鳥丼を頬張る。
ばーばたちはうどんとビール1杯で切り上げるも、若手は結構だらだら飲んだ。
このあと展望露天風呂へとホテルをくまなく満喫しようとする若者たち。楽しそうで何よりです。

翌日の出発は第1ターミナル9番ロビーに6:30に来てくださいとの案内だったので、迷子を防ぐためにホテルのロビーに集合とした。
空港内の連絡バスは4分毎に走っていると聞き、そこは安心材料だけどバス乗り場までの距離はなかなかだったので朝6時に集合と決めた。

この飛行機に乗り遅れるのだけは絶対にやってはいけないことだし、もう焦って移動したくない私は集合20分前に一部屋ずつ起床確認の連絡を入れた。
すると一部屋だけ返事がないし既読が付かない。
電話を鳴らしてみるも繋がらず・・・

前日の部屋番号確認で5桁のはずの部屋番号を6桁で打ち込み、1をひとつ減らしてくださいと入れてきた犯人の部屋。部屋番号を何度も確認してからドアを猛烈にノックしたが無反応、ドアベルを鳴らしたところでようやく扉が開いた。

今起きたって顔で姿を現したななみ。起きていたのかと聞くと、「今起きました」とのこと。
自分の危機管理に感心したわ!

一方ロビーでは学生の大群が居て、これにバスがかち合ったらまた大変と思い、歩くのに時間がかかるばーばたちを連れて先発隊でバス乗り場へと出発してもらい、私は寝坊助の詩音とななみを待った。
これが早朝のホテルのロビーなのかと目を疑うほどの人ごみに、これが国際空港なのだとも思った。

ようやく降りてきた2人と合流し、第3ターミナルのバス乗り場へと向かう。向かうのは第1ターミナル。学生の大団体よりは早く到着出来て、無事バスへと乗り込んだ。
ばーばたちには座席を確保し座ってもらった。
路線バス仕様の低めの背もたれに隠れそうな小さな背中のばーばを見て、こんなにも小さくなったのかとしみじみしてしまった。
昨日の大荷物を抱えたドタバタに巻き込んだ申し訳なさのせいで余計に小さく見えた。

予定の6:30には出発ロビー9番カウンターへ到着。これでひと安心。
ところがどっこい次第に様相が変わってくる。
研修生と名札を付けた人に先輩スタッフが付いて対応してくれたが、発券作業に手こずり
待てど暮せどチケットが発行されない。保安検査場を搭乗20分前に通過するににはもうタイムリミットは過ぎようとしていた。
飛行機は7:20発、もう焦りたくないのにとイライラする。

有人カウンターの場所を確認するとここからまた反対方向へと移動だったので、チケットを持たないまま全員で荷物カウンターに並びに移動してもらった。
またセルフでやってエラーでは時間が惜しいので、最初から有人カウンターを選んで並ぶ。
7:00を過ぎたころにようやく17名分のチケットが出揃い、私はそれを握りしめて空港ロビーを猛ダッシュした。誰かが私の荷物も運んでいてくれて助かった。

最初に荷物を預け終わったあゆみんに、先に保安検査場を通過して搭乗口を探し、歩くのに時間がかかるばーばたちを誘導するよう頼んだ。
私は全員が荷物を預け終わるのを確認して保安検査場へと向かった。
ゆみちゃんが何故か止められたようだが、何とか通過できてよかった。なんかチケットがおかしかったらしい。

聞いたことない大きな数字の搭乗口表記にまた遠くまで走るのかと絶望するも、案外近くにあることがわかって頑張れた。
表記された場所に行くとそこはバス乗り場で、まだバスを待って椅子に座るばーばを見つけ、これでもう走らなくていいんだとようやく焦る気持ちが和らいだ。
バスで駐機場まで向かってタラップ車で飛行機内へと乗る。
飛行機に乗ってから、荷物の積み込みに時間がかかって出発が遅れますとの放送があるも、今日は飛行機さえ飛んでくれたらどうでも良かった。
とにかく愛媛に帰れたらいいので。

朝9時過ぎ、松山空港へ降り立った時の安心感ときたら半端なかった。
ささっと解散式をして、たくさんの荷物を抱えてお迎えを待つ人、タクシーに乗る人、駐車場へ向かう人と散っていく。
帰り道はコンビニでおにぎりでも食べようと提案するも、車内の若者は向かいの朝マック一択だった。
最初にゆみちゃんを送り届けたところで、これだけ長く一緒にいたから寂しいねって話になった。
みんなを送りながら、なっちゃんの家では予期せずお母さんが出迎えてくれたもんだから、咄嗟に「たくさん食べさせてしまいました」と言ってしまった。活躍してくれたことを伝えようと思っていたのにすっかり飛んでごめんなさい。

家に辿り着いたのは正午前、長い長い遠征が無事?終わった。
もう焦るのはごめんだ。すっかり羽田空港が嫌いになった。
本当は伊丹経由が良かったけどいい時間が無くて羽田経由になった。
だから余計に嫌いになった。
来年の岩手は何としても伊丹空港か、はたまた新幹線か大型バスか。

なにはともあれ、全員が怪我無く家に帰れたことが一番大切で重要なこと。

先に帰ったもえぴと竹ぴ、途中で別れた綾乃とあやてぃん、それぞれが無事到着した連絡をくれたが、この連絡がホッとする瞬間。

この度の遠征のために、本当に多くの方々から多大なる寄付を頂いた。
頭を悩ましながら会計頑張ってくれた今井さんはじめ、各々が助け合いながら過ごした6日間はチームにとって非常に濃い時間だった。
できればたくさん試合の報告ができれば良かったのだが、インスタライブでも応援してくれる方々がいることが本当に心強くありがたかった。

「ソフトボールをまずは楽しむことが1番大事。楽しまないと上達にも繋がらない。
そして誰かのためにソフトボールを頑張ること、この人の為に勝ちたい、この人の為に打ちたい、この人の為に!がチームを強くする。」という言葉を子供の指導で伝えたという話を見聞きして、それは大人でも一緒だし、それがメンバー同士の為なら尚更強いのではないだろうかと思った。

自分の為だけじゃなく、いつも頑張ってくれているチームメイトの為に勝利を。

そんな気持ちでやってみたらどうでしょうかね。