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パーフェクト・ハエたたき (超短編小説)

男は、とんでもなくうんざりしていた。

昨日からずっと部屋の中でハエが飛んでいるのだ。寝ているときも、ご飯を食べているときも、本を読んでいるときも、どんなときも。

なにかこの状況を打破するものはないのか。男は一縷の望みをかけて、電車に乗り、最寄り駅から数駅先にあるホームセンターへと赴いた。


駅から数分歩くと、大きめのホームセンターに辿り着いた。売り場面積が広く、何がどこにあるのかよく分からないため店員に話しかける。

「昨日から一匹のハエが部屋の中を華麗に舞っているのですが、なにか簡単にハエを捕まえられるような道具はありますか?」

店員はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、
「お客さん、いいモノありますよ…」
と怪しげに答えた。

男は一抹の不安を抱えつつ、店員のあとをついて行く。

少し歩くと、殺虫剤や虫除けスプレーなど、虫関連の商品が置かれているコーナーにやってきた。

そこで店員は、少々お待ちください、と言いその“いいモノ”とやらを取りに行き、男のもとまで持ってきた。

男は少しうんざりした。なぜなら店員が持っていたものは、「ハエたたき」だったからである。

今、我が家で華麗に舞っているハエは元気いっぱいだ。おそらくあのハエにとっての全盛期なのであろう。そんなハエに、この疲れ果てた男がハエたたきごときで追いつけるはずがなかった。

もう少しいいのはないか、と男は店員に尋ねる。

すると店員は、再びニヤリと不敵な笑みを浮かべ、
「このハエたたきを、そんじょそこらのハエたたきと同じにしちゃ困りますぜ…。」
と、妙に癖のあるしゃべり方で答えた。

そして続けて、
「これは、ただのハエたたきじゃございやせん。“パーフェクト・ハエたたき”という代物でございやす。」
と言った。ますます癖が強まっていく。

さらに、店員はその“パーフェクト・ハエたたき”とやらの説明をひとりでにし始める。
「この“パーフェクト・ハエたたき”は使用する者の潜在能力を解放し、超スピードそして超パワーによって、どんなハエも一瞬で仕留めることを可能にするものなのであります。」
と、癖のある喋り方に加えて、この中二病感満載の発言。そして、“パーフェクト・ハエたたき”というアホみたいな商品名。あまりにも怪しすぎる。

男は困惑した。あまりにも困惑した。男にとっての空前絶後の困惑である。だが、店員のそのただならぬ雰囲気に圧倒され、渋々購入を決めてしまった。


家に帰り、再び部屋中を華麗に舞い続けるハエと対峙する。

男は再度、一抹の不安を抱えるも、やるしかないと腹をくくり“パーフェクト・ハエたたき”を右手に持つ。

「!?」

「な、なんだこれは…。」
「ち、力が、みなぎる…!」

男は思わず中二病感満載の言葉を発してしまった。恥の感情が体全体を覆い尽くす。だが、こんな発言をしてしまっては、もう後戻りはできない。もうやるしかない。

男は、高校生の頃に部活でやっていたバドミントンを思い出す。そして、ジャンピングスマッシュをするかのごとく、ハエめがけてその“パーフェクト・ハエたたき”を勢いよく振り下ろした。

あまりの速さに男は驚きつつ、ふと下を見てみると、先ほどまで元気いっぱいだった全盛期のハエは、微動だにせず床に落ちていた。

男の圧倒的なスピードとパワーに、ハエはなすすべなく倒れたのである。

「全盛期のハエ」VS「一時的に全盛期の力を手に入れたこの男」。

かつてない名勝負が、この小さな部屋で、一瞬で終わったのである。

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