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二十歳を過ぎてもワサビに顔をしかめる私

幼少期からずっとワサビが苦手だった。鼻にツンとくる感じが猛烈に嫌であり、匂いをかぐだけでもダメであった。

寿司を喰らうときには、ワサビが混入されていないかを注意深く確かめる。もしも、すでにワサビが混入されていようものなら、私はもう降参である。

表面のワサビを取り去ったところで、それは氷山の一角に過ぎない。その下の米に染みこんだワサビには到底太刀打ちできないのである。

と、ここで私は思った。

「だったらそのワサビが染みこんだ一部の米も取り除けばいいじゃないか」

正論である。異議なしッ。


二十歳を過ぎた辺りからようやく、漬物を美味しいと思えるようになってきた。納豆にカラシを混ぜると美味しいと思えるようになってきた。茄子やピーマンを苦渋の形相ぎょうそうていすことなく、割と美味しく食べられるようになってきた。

そこで私は調子に乗ってこう考えた。

「もしや、今の自分ならばワサビを美味しいと思えるのではないか!?」

いくらなんでも調子に乗りすぎである。イケイケである。身の程をわきまえるべきである。

そんなイケイケ状態に達して忘我ぼうがの境に入った私は、ある日ついにワサビと対峙たいじすることになった。

とある飲食店にて海鮮丼を注文したとき、丼の縁に奴(ワサビ氏)が君臨していたのである。

私の胸は高鳴った。まるで因縁の敵との邂逅かいこうを果たしたかのような心境であった。

まずは様子を探りつつ、ワサビなしでサーモンを喰らう。

「うまい、うますぎる」

私が美味しくサーモンを喰らっている間も、奴はジッとこちらを見ている。

私は覚悟を決めた。呼吸を整え、いざ奴を迎え撃つ。奴を少量取り、サーモンに添付する。

そして、いざ、実食ッ。


・・・。

・・・。

「グハッ」

・・・。

・・・。

「ダメだ、こりゃ」

・・・。

・・・。


ダメであった。きちんとダメであった。あえなく撃沈である。

その後、私は水を飲んで口内に残るワサビの幻影を取り払い、丼の縁に静かにたたずむワサビに対して見て見ぬふりをかまし、そそくさと海鮮丼を平らげた。

眼前の米粒一つ無い丼の縁には、色鮮やかな緑色のワサビ氏だけが「デンッ」と居座っていた。二十歳を過ぎてもなお、奴への勝利は叶わなかった。

ワサビ攻略への道は果てしない。

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