ホップ・ステップ・シャーラップ (超短編小説)
我が家の近所には、御年70ぐらいの少々近寄りがたいオーラを醸し出す、一人のおっちゃんが住んでいる。おっちゃんとは特別何か話したことはないが、たまにすれ違ったりすると軽く挨拶したりする感じの関係である。
そのおっちゃんが、たまに唐突に私に向かって言うのである。
「ホップ・ステップ・シャーラップ!!」と。
私はこの言葉に気圧される。それはそれは本当に気圧される。そうして毎度のごとく、ガクガク震えて地に膝がついてしまいそうなこの貧弱な足で、なんとかその場に立ち続けるのである。
おっちゃんは、その一言、いや三言を勢いよくぶちかますと、何も言わず去って行く。さながら歴戦の強者かのようなオーラを漂わせながら。
私は考える。一体あのおっちゃんは私に何を伝えたいのだろうか。どういう意図を持って、あの三言をぶちかますのだろうか。
ホップに続いてステップ、そして最後にまさかのシャーラップ。勢いついたところで、唐突の「だまれ」である。ジャンプをしようと渾身の力を足に込めたその刹那に黙らせるのだ。静と動とはまさにこのことである。
・・・。
なんてこった。意味が分からない。静と動とかそれっぽいことを言ってみたが、だからなんだよって感じだ。もはや正気の沙汰でない。沙汰でない、saturday night。土曜の夜は、正気の沙汰でない。
どうやら私の頭も狂い始めてしまったようだ。おっちゃんの歴戦狂気と私のできたてホヤホヤ狂気。一体どちらの狂気が強者となり得るのだろうか。私には何も分からない。
おっちゃんは今日も私に向かってあの「ホップ・ステップ・シャーラップ!!!」という狂気の三言を発した。以前と比べてエクスクラメーションマークが一つ増えたような、とんでもない気迫であった。私は思いきっておっちゃんに尋ねてみた、というか対抗してみた。
「あの、あ、あの…..。…..。それ…..、意味が分からないよっ!! もう何も分からないよっ!! 混沌としてるよっ、この世界が無秩序であふれかえっちゃうよっ!! でりゃーーうぅーーーアァーーーーっっっ!!!」
この瞬間、私は狂人と化していた。そう、おっちゃん以上の狂人が、この世に降臨してしまったのである。これぞまさに“世界の終わり”である。
すると、おっちゃんは静かに私のもとに歩み寄り、こう言った。
「よっ、その調子っ!! 良い感じっ!!」
おっちゃんは今までに見たこともない素敵な笑顔を見せ、右手の人差し指から小指までをがっちりと握り、ただ親指だけを天に向けて立てた。「グッド」という評価を示唆するボディランゲージである。口元に視線を移すと、銀歯がキラリと光り輝いていた。
このおっちゃんは、一体何がしたかったのだろう。この世にカオスを解き放ちたかったのだろうか。自らのカオスだけでは飽き足らず、勢力をさらに拡大させたかったのだろうか。
何も分からない。というか何も分かりたくない。こんなおっちゃんに共感などしたくない。ただ、なぜだか私はとてもスッキリしていた。胸の中のわだかまりが解けていくような、心の中に余白が生まれてくるような、そんな感じがした。
その後、私はおっちゃんと熱い握手を交わし、互いにそれぞれの道へと静かに歩み始めた。
「ホップ・ステップ・シャーラップ」
・・・。
うん、全く意味が分からない。
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