町内放送、止めどない。 (超短編小説)
私は読書が大好きだ。
特に小説が好きで、いつも決まって休日には、家でのんびりと小説の世界に没入している。この時が私にとっての至福の時間であり、そして一番のストレス解消の時間なのである。私はこれなしでは生きていけないのだ。
だが、今日はいつものように小説に集中できない。いつもならスッと小説の世界に入っていけるのに、今日はまるで門番に侵入を拒否されているかのようである。
一体なぜなのか。心当たりはあった。というか、心当たりしかなかった。それはさっきから、町内放送が止めどないのである。
大抵すぐ終わるものであるはずなのに、もうかれこれ1時間以上は続いているような気がする。
しかも、ずっと同じような事を言っている気がする。あまりにうんざりして、ちょいと町内放送の声に耳を傾けてみる。
「あー、あー、マイクのテスト中、いぇーあ」
まさかのマイクのテスト中である。この放送主はずっとマイクのテストを続けているのだろうか。どうかしている。しかも最後の「いぇーあ」ってなんなんだ。
まさかアホなのか。アホが町内放送を独占しているのか。そんなの独占禁止法である。非常に困った。これではストレス解消どころか、むしろストレスが蓄積されていくではないか。
あー、まずい。一刻も早く現実から逃避したい。緊急事態宣言がブザーと共に脳内で鳴り響いている。私は頭を抱えながら、打開策をひねり出そうとしていた。
そうだ、そういえばどこかに耳栓があったような気がする。引き出しの中を探ると奥の方に、昔なんとなく100円均一店にて購入した耳栓があった。
藁にもすがる思いでその耳栓を装着する。すると、町内放送はほとんど気にならなくなった。これで無事、小説の世界に没入することができる。町内放送ともおさらばだ。私は一人、歓喜の涙をこぼした。
ふと気づくと、時刻は19時。4、5時間ほど小説の世界に入り浸っていたようである。そろそろ夕飯の準備でもするか。そう思い、小説を閉じ、耳栓を外して現実に復帰した。
すると、とある音声が耳に飛び込んできた。
「あー、あー、マイクのテスト中、いぇいぇいぇーあ」
まじか。
アホの町内放送独占はいまだに続いていた。なぜこの街の者達は、このいかれた所業をする者に対して苦情の一つもよこさないのだろう。
あ、そういえば。と、私は昨日郵便受けの中に届いていた、ある一枚の紙を思い出した。
『明日の午後に、マイクのテストをさせていただきます。ご迷惑をおかけしますが、なんとか根性で耐え凌いでください。よろしくお願いします』
この町内放送(マイクのテスト)は22時頃まで続いた。最後の最後にこの放送主はこう言った。
「皆様の根性に、わたくし脱帽です」
この街の住民、皆計り知れない根性をお持ちのようだ。
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