“有料”の肩たたき券 (超短編小説)
最近、肩こりがひどい。パソコンを毎日使っているからだろうか。両肩が共にゴリゴリに凝り固まっていらっしゃる。
こりゃ参った。ため息が漏れる。誰かに肩たたきでもしてもらいたいところだが、あいにく幼稚園児の息子は最近、数独に夢中である。
今日もリビングのテーブルの上で、必死に数独と格闘している。その姿は真剣そのものである。
そんなある日、息子からもらった物。それは“有料”の肩たたき券であった。息子は何も言わず、スッと私の前にそれを差し出し、足早に去って行った。
「有料、か…」
まさか、肩たたき券をもらえるとは思ってもいなかったため、束の間の喜びを感じたが、その後すぐに“有料”の二文字を見てしまい、先ほどよりも更に深いため息をついてしまった。
金額は1回5分で1,000円と記されている。中々に割高である。
息子は一体何故、肩たたき券を有料にしたのだろうか。お金が必要なのだろうか。何か欲しいものがあるのだろうか。それとも他に何か理由が…。
だが、これ以上考えても何も答えは分からなかった。幼稚園児が親に対して有料の肩たたき券を提供するなど、今まで聞いたことがない。考えれば考えるほど謎は深まるばかりだった。
一人で悶々と考えていても埒があかないと思い、とりあえず試しに有料の肩たたき券を使用して、肩たたきの施術を受けてみることにした。
幼稚園児の息子による、1回5分1,000円の拙い肩たたきの施術を受けながら、事の真相を本人に直接尋ねてみた。
「肩たたきしてくれるのは凄く嬉しいんだけど、なんで有料にしたの?」
すると、息子は少々の間を置いて、静かにこう語った。
「お金を稼ぐ大変さを知るということ、そしてお金の大切さを知るということ。これが今の僕に足りないことなんじゃないかと思った…。だから、あえて有料という試みに挑戦してみた、という感じ、です…」
わーお。まさか、幼稚園児の息子がそんなことを考えていたなんて思いもしなかった。もう既にお金のアレコレについて思索を深めていたとは。それに、幼稚園児にしては言葉遣いも実に達者である。
一体どうしてそんな事を考えているのか気になったが、息子はそれ以上話さなかったため、私もそれ以上は深入りしなかった。私は、自らの考えを雄弁に語った息子の姿に、底知れない何か素敵なものを感じ取り、顔が歪みそうになるのを必死に堪えていた。
5分という短い間、息子は本当に一生懸命に施術を行ってくれた。まるで職人のように、無言で集中し続けていた。そして、あっという間に5分が経過し、肩たたきの施術は終了した。
技術は拙く時間も短かったものの、何故だかひどい肩こりはだいぶマシになっていた。思わず笑みがこぼれる。普段あまり笑わない息子も、そんな私の姿を見て、心なしか笑っているように見えた。
私は財布から1,000円札を取り出し、感謝の言葉と共に息子にそれを差し出した。息子はそれを受け取って深々とお辞儀し、「ありがとうございます」と言った。
そして、私は最後に、こうアドバイスした。
「1回5分で1,000円は、さすがに高すぎるぜ」
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