一期一会のヘラクレスオオカブト (超短編小説)
私は近所の田舎道を散歩中、とある意外なものと遭遇した。
それは、かの有名な「ヘラクレスオオカブト」である。金色の羽を携えた、カブトムシよりも大きな、あの「ヘラクレスオオカブト」である。
まさか日本で、しかも田舎の道端でお目にかかれるとは。感動のあまり、私はとりあえずひれ伏した。
ひれ伏しながら、何度も何度も呆れるくらい何度も「わっ、すげ〜〜〜!」と叫んだ。
「嘘付け!そんなことあるわけねぇだろうが!!」と読者の皆様は思うに違いない。
こんな非現実的な話を聞いて疑問に思うのは当然である。私だって今振り返ってみると「なんだか嘘みたいな話だったなぁ」と思う。
だが、これは紛れもない事実なのである。私のこの曇り無き眼が、日本の僻地を右往左往するヘラクレスオオカブトをしかととらえたのだ。
別に疑いたいなら疑っていればいい。こんなに懸命に話しても疑いが晴れないようであれば、きっとその疑いは永遠に晴れないだろう。
ドンマイである。幸運を祈る。
さて、話を戻す。
ひれ伏す私の眼前で右往左往している愛しきヘラクレスオオカブトに、私は「マッチョ氏」と名付けた。理由は体格がよかったから。ただ、それだけである。
ひれ伏しながら感嘆の声をあげる私と、相も変わらず右往左往し続けるマッチョ氏。二者の間にはただならぬ空気が漂っていた。
そんな空気の中、ひれ伏す私の脳裏にふと「シャッターチャンス」という言葉がよぎった。
現代はスマホ一つでどこでもすぐに写真を撮れてしまう時代。現代を生きる若人として、撮らないわけにはいかない。
私はポケットからスマートなフォンを取り出し、マッチョ氏を撮影しようとした。
その瞬間。
マッチョ氏は金色に輝く羽をはためかせ、遥かなる空へと優雅に飛び去っていった。先ほどまで右往左往していた姿からは想像もつかないほど、この上なく立派な飛翔であった。
空を飛べぬ未熟者な私は、マッチョ氏をただただ見届けることしかできなかった。無念である。
きっと金輪際マッチョ氏と再会することはないのだろう。叶わぬ夢である。
そう思うと、私の曇り無き眼から涙が溢れだしてきた。涙が止む気配は微塵もない。止めどない。嗚呼、止めどない。
やがてマッチョ氏の姿は見えなくなった。私は止まぬ涙を拭いながら、マッチョ氏と過ごした奇跡のような数分間を脳裏に焼き付けた。
一期一会のヘラクレスオオカブト。いや、一期一会のマッチョ氏。この出会いを私は一生忘れないだろう。
マッチョ氏、ありがとう。そして、さようなら。
マッチョ氏の未来に、ただならぬ栄光あれ。
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