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バスの運転手さんに穀物の名前を呟いてしまう

マイルールというか、いつの間にか当たり前だと思ってやってるけど、そういえばもしかして自分だけ?という事ってあると思う。

特に、多感な子供時代は普段の生活に独自のエッセンスを放り込んでいることが多い。

中でも、少年少女時代の兄弟姉妹というのは、共に漫画やアニメの影響を受けたり、たいして面白くもないことが面白く感じたり、大人に内緒でイタズラをしたりと、本当にしょうもないことをしているものだ。



我が家も例外ではなかった。
それはおそらく中学生の頃。


雑な言い方だが、学校で何かを習った。

私は社会科が得意ではないので、もはや社会科だか地理だか、歴史だか世界史だか、何の教科か判別がついていないのだが、何かの授業で習った。

「どこかの国にはリャマやアルパカがいて、
どこかの国の人たちはチャパティを食し、
どこかの国の人たちはヤム芋やタロ芋を食す。」

こんな感じのことを習った。

それは、今後の人生における、私たち姉妹の挨拶を変えた。




学校から帰ってきた時、
「ただいま〜」
と言っているようで、ただいまとは言っていない。


私も姉も、学校から帰ってきた時、
「タロイモ〜」
と言っている。


玄関先から挨拶するのでリビングまで声が届きにくいことと、語感が似ていることから、母親は気付かない。

嘘だと思う人は一度「タロイモ」と小声で呟いてみてほしい。

ほら。



母親は「タロ芋」という穀物名に対し、「おかえり」と返事している。

どちらが先に言い始めたかは覚えていないが、当然姉の方が先にタロ芋を習ったので、姉の方が先駆けということになる。


以降、私は一人暮らしをしている今なお、たまに実家に帰った時は「タロイモ」だ。

先駆けの姉は、もう「タロイモ」を辞めたのだろうか。それとも、まだ続けているのだろうか。
GWやお正月に実家で姉と顔を合わせるものの、「ただいま」か「タロイモ」かどちらを言っているのか、判別がつかない。

なんせ母親に対しては20年にも渡り、完全犯罪継続中だ。
言ってる本人にしか、その真相は解らない。





ここで少し話の舵を切る。


小学生の男児が、教室で先生に向かって「お母さん」と呼んでしまうことがある。

浮気なんかしてないはずなのに、うっかり元彼のあだ名を呼んで気まずくなることがある。

朝の通勤バスを降りる時に、運転手さんにありがとうとお礼を言おうとして、「タロイモ」と呟いてしまうことがある。



子育てママさんが、家の口調が抜けなくて、会社で「この書類ママが準備するから!」と言ってしまうことがある。

お昼休憩に行く時に、「お風呂入ってきます」と部署のメンバーに宣言してしまうことがある。

朝の通勤バスを降りる時に、運転手さんにありがとうとお礼を言おうとして、「タロイモ」と呟いてしまうことがある。




そう、私は実際にタロイモを見たことも食べたこともない。


私はタロイモを口にしたことがないくせに、タロイモを知った日以来、いついかなる時も「ただいま」という言葉を口にできなくなってしまった。


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さて、次回の #クセスゴエッセイ は

「私の名前はややこしい」

をお届けします

お楽しみに〜
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