最後の仕事
12月17日。底冷えする朝、空は真っ青に晴れ上がっている。
今日は裁判所の最後の仕事。二度目の定年になる。一回目は調停委員。今度は○○委員。本当に最後の仕事。
月2回ほどの回数だったが、癌の手術で3回ほどお休み。退院すると、コロナでその仕事は閉鎖となった。
6月後半から再開。久しぶりの裁判所は様変わりしていた。面接室には万全の対策が取られていて、何ひとつ不安はなかった。
心にいつも『Do your best』というフレーズを聞きながら、一生懸命職責を果たした。
そして最終日。
書記官から「ハセガワさんの最後の仕事一緒に出来て嬉しいです」と言われた。お世辞だとは思うが、素直に嬉しかった。
記録を返しに行くと、室内にいた書記官が全員窓口に集まってくれた。
「長い間お疲れさまでした」
「こちらこそお世話になりました。コロナで尻切れトンボになるかと思っていましたが、最期まで仕事が出来て、本当に嬉しいです」
3人が廊下まで出て来て見送ってくれた。
私が、うっかり最後の仕事をポカしたらいけない、と心配したのだろう。先週、「17日の仕事はキャンセルではありません。実施されますから」と丁寧に電話してくれた男性書記官がどなたか私は分からない。
その心遣いが嬉しかった。
多分、癌手術を終えた私に「お元気そうでほんとうによかったです」と声を掛けてくれたあの男性かな、と勝手に思ったりした。
仕事以外のことで雑談する機会のあった女性書記官が廊下でそっと小さな包みを渡してくれた。
「仕事先で見つけたお菓子です。可愛かったので」
キラキラ輝く青空の下を歩く。解放感と達成感とベストを尽くした今までを思って感無量だった。
調停委員の仕事と合わせて合計25年。昇給もボーナスも年金もない。ただのパート。
でも、この達成感は値千金!
皆さん、ありがとう。親切に教えてくださって。書類にハンコの押し忘れや書き間違いがあっても迷惑そうな顔をしなかった。
「今ごろ、こんなことを聞くのは恥ずかしいんですが」と初歩的な質問をすると、
「いえいえ、私だって分からないこと沢山あるんですよ。何でも聞いてください。私の勉強になりますから」と言ってくれたっけ。
いろいろなことを思い出しながら、真昼の輝きの中、バスに乗る。
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