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わたしの出会った判事たち  -2-

紫色の風呂敷の人(1)

わたしを採用してくれたのはS判事だ。
もちろん判事の独断ではなく組織の中で決定されたのだろうが。
当時は調停委員の世界は男社会そのものだった。

「オンナは意見を言うな、黙って微笑んで座っていなさい」
誰もそんなことは口に出さない。だが、そんな空気が満ちていた。
オンナ調停委委員は、オトコ調停委員に口出しせず、大人しく座っているべきだ、と誰も口には出さない。
だが、周りの空気にはっきりそう書いてある。
見えない文字、それが読めないと、オンナ調停委員はこの世界で生き残れない。
平成の始めごろは、そんな時代だった。

S判事は、わたしたちオンナ調停委員を積極的に誘い、食事やお茶を共にしてくれた。二十年の調停委員暮らしの中で、わたしたちを誘ってくれた判事は彼だけだ。判事としてそれができたのは、あの時代だったからだろう。

良くも悪しくも古い時代……。

彼の隣に座った時、わたしは緊張のあまり口がきけなかった。
判事というのは別世界の人だと思っていたからだ。

「どうして皆さんは意見を言わないのですか?意見を言うと、誰かに怒られるのですか?」
判事はお茶を飲みながらわたしたちに問う。
「ハセガワさん、もっと喋る人だったと思ったけど、調停室で何も話さないのですね。なんで、ですか」
わたしは頭の中が真っ白になったまま、口走った。
「意見を言ったら、あなたは黙っていなさいと言われて」
「今頃、そんな男性調停委員がいるとは困ったことだなあ」

それから周りの女性たちがぼつぼつ自分の体験を語りだした。判事はうなずきながら、
「あなたたちが黙っていると、当事者は、なぜ女性調停委員は何も言わないのかと不審に思うのですよ。二人の男女の調停委員が公平に意見を言う、それが調停の良いところですからね」
「でも、意見を言えないのです」
「なぜですか」
「男性委員が……不機嫌になるから」
「不機嫌になるとかそんな問題ではないでしょう。良い調停をするには男女の委員が公平な立場でなくてはいけないのです」
こんな話し合いの場を何回も設けてくれた。

             続く:配信は日曜日、水曜日


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