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東京教育大学の思い出
筑波大学の前身である「東京教育大学」は地下鉄茗荷谷駅の目と鼻の先にこじんまりと建っていた。
私が入学したころは筑波移転反対闘争が燃え上がっていたころだった。
何が何だかわからないまま「筑波移転反対」のデモにくっついて行った記憶がある。
文学部の教授の多数は
「筑波では文学は育ちません。文学は都会の中で生まれ,揉まれ、育つのです」と、筑波移転に反対だったような……
記憶がある。
私たちは、芝生に座り込み、「筑波移転反対」「ベトナム戦争反対」「女性解放」「サルトルとボーボワール」など男女交じり合って討論した。
私の、物の考え方の根幹は東京教育大学での日々が作ってくれたような気がする。
忘れもしない思い出、それは学園祭の夜。
『ノーベル物理学賞』をもらった教授が踊っている、というので
走って見に行った。
壇の上で踊っているのが、朝永振一郎博士だと教えてもらった。
朝永博士は月の光の下で楽しそうに踊っていた。
「ベトナム戦争反対・原潜寄港反対」のデモにくっついて行ったこともある。
日比谷公園の中をデモっていると、柵の外で見ていたサラリーマンふうの男性たちが一斉に拍手して
「がんばれー」「がんばれー」と
声援を送ってくれた。
一人の背広の若いサラリーマン風の男性が、
私たちに向かって両手を伸ばして振ってくれた。
そんな光景を
今でも鮮明に覚えている。
終わり