病院の怪談 「5」~ ⑤
会ったこともない腹違いの弟……。
綾子の胸に不安が過る。人生の晩年にややこしい問題を抱えたくない。
それから一か月後、公認会計士から報告があった。
「N さん、63歳。若いころは一人でアフリカや中東辺りの砂漠地帯を周遊していたそうです。
それからも根無し草みたいな暮らしを続け、今は沖縄に住んでいます。
親との関係はまったくない人生だったし、それはそれで満足している。
今さら、遺産を分けてもらおうとは思わない。沖縄の片隅で自由に生きている今になんの不満もありませんと言っていました」
「そんな人っているのでしょうか。現実に」
「人それぞれですからね。N さんは念書を送ってきました。『自分の相続分は綾子さんの望む通り盲導犬協会にすべて譲渡します。また、遺留分相殺の申し立てはいたしません』と」
会計士の声がどこか遠くに聞こえる。
こんなことがあるのだろうか……。
綾子はふと思いだした。
遠い昔、もう母は亡くなっていた。父の部屋から『月の砂漠』のレコードが小さく流れてきた。満月の明るい夜だった。
ただそれだけの情景だが、今、影絵のように綾子の脳裏に浮かんできた。
月の砂漠……。
なぜ父はあの歌を聴いていたのだろう。砂漠を放浪していたNと少し交流があったのではないか。手紙ぐらいもらって、わが子が砂漠を旅していることを知っていたのではないか。
とにかくNさんが良い人でよかった……。
良い人という意味は綾子的には欲深くない人のことだ。
人間には金銭欲がある。
お金は魔物だ。
人の心を変えてしまう。
でも、とても稀だが、欲深さをすっきり捨てている人がいる。多分、いろいろな人生経験のなかから、そうなったのだろう。
「ただいまー」
誠二が買い物から帰ってきた。一休みしてからデッサン帳を広げる。
「綺麗な薔薇でしょう。これをテーブルに置いて、綾子さんがここに」
凝り性の誠二のために、綾子はキミ子の会社の社長に和服をリメークしたドレスをオーダーした。
誠二は、洋服でも和服でもないような、布が主役のような、ちょっとエスニック調の服に惹かれるらしい。
「素晴らしい。素敵だ」
と歓声を上げんばかりに気にいってくれた。デッサンが終わると、二人でお茶を飲んだ。
「綾子さん、結婚してください」
綾子は跳び上がった。
誠二は大まじめな表情だ。
ある廃病院に幽霊が出るというドキュメンタリーを見ていたときだった。
続く
筆者記:すみません。書いているうちに構想が変わってきて細部に
矛盾が生じましたので前の部分を少し書き直しました。
なんか違う、と思われましたら最初から読み直して戴けれ
ば幸いです。(^^♪
月の
「まったく、親にハ関係なく生きてきたから、