小説・薔薇とワルツ(八)チャレンジ(9/15)
九月になった。
習い始めて三か月。空にはもう秋の気配が。
午前の部一番の十時。受付の女性はまだ来ていない。
マリが一人、モップを手に広いフロアを掃除している。
マリはわたしを見ると、チケットに印を押し、ロッカーに預けてあるわたしのシューズを出す。
まるでワルツのような優雅な無駄のない動きだ。
レッスンが終わった。マリはわたしの手を見て、
「指に傷が。手当しておきましょう」
マリは真剣な顔でわたしの指に包帯を巻く。
「お上手ね」
「実は准看護士の資格も持ってるんです」
マリは、それから、ちょっとはにかみながら一枚の紙を差し出した。
『十二月十二日。河原町朋友会館。午後一時半よりチャリティーダンス大会。参加費五千円。プロダンサーの演技鑑賞、一緒に踊ることも可。後援・朝夕新聞&社交ダンス協会・医療従事者のための御寄付も受付いたします』
「六条さん、わたしと組んで参加してくれませんか」
「ダンス大会?ム、無理よ」
「大丈夫ですよ」
「リバースターンもおぼつかないのに」
「わたしがリードしますよ」
「ウィルスが広がって来たから、大会、実行できないんじゃない?」
婉曲に断ったつもりだった。だが、マリは、
「六条さんは強運の持ち主です。絶対、大会は実行されますよ」
マリの目がキラキラ輝いて迫ってきた。
「な、なぜ、わたしが強運?」
「サンライズの辺りは、千年以上も前、疫病で全滅寸前の都から逃げて来た人たちが生き延びた場所だって。ハイヤーの運転手さんに聞きました」
「そうなんだ……」
「あの施設に入った人は強運の持ち主だって言ってましたよ.わたしなんか入りたくても入れないですよ~」
体がぽっと温かくなり、じわりと力が満ちてきた。まるで栄養剤を点滴されたようだ。
この年でダンス大会?いいじゃない。人生は何事もチャレンジだから。
(続く)
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