香取線香 【#1分マガジン】
人生なんて香取線香みたい。女は思った。灰になって終わり。蚊取り線香は燃え尽きる時間が分かっているけど、人生はいつが終わりか分からない。神様からもらった蚊取り線香みたいな命をまっとうするだけ。
ここを出よう。子供は巣立ったし、自分の親もあいつの親も看取った。やるべきことはやった。あの男の傍にいるのはうんざり……。
貯金通帳を取り出した。コツコツ貯めたお金。これであの人と……。去年の年賀状は来たからまだ生きているだろう。死んでいたら、それはそれ。お互いにいい年だから……。
女は汽車に乗った。
遠い町で……男は貯金通帳を取り出した。もう妻の傍にいるのはうんざり。家も年金も置いてゆく。それで妻は満足だろう。これであの人と……
男は汽車に乗った。
神様はため息をついた。二人の命の蚊取り線香はもう燃え尽きようとしている。二人はそれを知らない……。
大地震が起こった。二人の汽車はすれ違う直前、脱線転覆。
助け出された女と男は互いの傍らにいた。瀕死の状態ながらすぐに互いが分かった。出会えて幸せだった。
神様は気まぐれ心を起こした。二人の蚊取り線香をちょっとだけ伸ばしてやろう……
女と男は愛の告白をなしとげた。それから二人の命の蚊取り線香はまだ赤く元気に燃えている。
またスケジュールが狂った……。 神様は少し笑ってしまった。
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