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わたしの出会った判事たち -6-
そこにいるだけで(2)
「オンナのくせに」なんて言葉、明治生まれの父も母も口にはしなかった。
これは生まれた時代というより、人それぞれの考え方なんだ、きっと。
古い女性観は、ゾンビのように今も生き残っているんだ……。
A判事が感情的だ、ヒステリックだ、と言う人もいるけど、わたしはとくにそうは思わない。
オトコ判事でヒステリックなの、けっこう、いるじゃない。オンナだからそう断罪されるのよね。
そこがおかしいのよ。
帰りのバスの中で自問自答した。
こんな思いを分かち合う友達もまだいなかった。
周囲はほとんど戦前生まれ。男子学生は鉄砲を、女学生は竹槍をもって軍事演習させられた世代だったのだ。
新年会のとき、皿を手にテーブルの前に立っているわたしにA判事が近づいてきた。
今日はブローチがキラキラと美しい。判事は控えめな笑顔で、
「いつも、ここで一言言ってくれないかと待っていたのよ。でも、何も発言してくれないのね」
わたしは何も言えなかった。判事は少し笑って、
「でも、発言出来ないわよね。男性調停委員が仕切っているから」
「新入りなのでなかなか……」
「今はね、仕方ないわね」
「……すみません」
「ハセガワさんはそこにいるだけでいいのよ。和やかな雰囲気が出るから当事者が安心すると思いますよ」
彼女はさらりと言ってデザートを皿に載せ、他のテーブルにさらりと去って行った。
『そこにいるだけでいい』というのは私に対する落胆の言葉だ。
それは分かっている。だが、褒められたのだ、と思うことにした。
そう思わないと自分があまりに情けなかった。
これからは勇気をもって発言しよう……。
就任して二年目、ある文学賞をもらってささやかな本を出版した。強くたくましく生きた江戸時代の少女がヒロインだ。
A判事に読んでもらいたい!
わたしは書記官に頼みA判事の机に置いてもらった。
それから二週間ほど経って、娘が、
「Aさんて人から電話があったよ.判事だって」
「えっ」
「今度転勤だって」
「……」
「良い本でした。ありがとうって」
判事さんがわざわざ電話をしてくださったんだ……。
それから、二十年以上の歳月が流れた。
わたしは心の中で報告する。
「わたし、どんどん発言するようになりました。『そこにいるだけ』の調停委員ではありません。ベテランになるまで勤め上げました。褒めてください」と。
庭の白い紫陽花が美しい午後、遠い日々のA判事を思い出していた。