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小説・投資詐欺の行方:消えた400万円(6)告訴できるか?
夜、眠れない。消えた四百万円を思うと全身が冷たくなる。何年かかって貯めたお金か。もう今から貯めることは出来ない。
わたし、七十四歳。
小さなタウン誌の発行会社で働いて貯めたお金だ。
大学まで出ていながら、こんな仕事しかなかった。
昭和四十年台、大学を出ている女性がどれほどいただろう。中卒で集団就職する子がたくさんいた時代。自分は大学を出た。
がんばって働き続けた。育児も家事もひとりでやりぬいた。妻に対する共感力も労りもない夫なんか当てにはしなかった。
あの四百万円で一年間マンションで独り暮らしをするつもりだった。完全な自由を手に入れるつもりだった。
離婚に踏み切れなかったのは自分の責任。でも、一年間の完全別居という贅沢は自力で手に入れる!そう決心していた。
そしてこのザマ。
わたしがどんな悪いことをしたというの?
ユミの携帯に何度も電話をかけた。繋がらなかった。
夢だった結婚コンサルタントの仕事が見つかったから辞めます、と言ったのは真っ赤な嘘だったの?
ユミはお別れにお寿司をごちそうしてくれた。
「この仕事をしていていちばん良かったことは山辺さんと出会ったことです。山辺さんに報いるため新しい仕事がんばります」
とハンカチで目を押さえた。
四月二十一日。八月七日。十二月十七日。
第一回から三回目の債権者会議が終わるたびに、紺野よう子は地下食堂に皆を呼び、今後の方針を語った。
「なんで、あいつ、逮捕されないの」
「悪意のない倒産か詐欺かは警察が判断することなんです」
「わたしたち、どうすればいいの」
「彼の詐欺を立証しなければならない」
「被害者の会に弁護士つけたら?」
「そのお金、誰が出すの」
辺りが静まる。よう子は二枚の紙を配った。
「この書類、警察からもらってきました。必要事項を書いて、わたしの事務所に送って」
家に帰ると、思いつく限りを小さな字で箇条書きにした。
「絶対、儲かる」、とユミは言ったか。「絶対、元本保証」と言ったか。
ユミの説明にはすべて、「絶対」という言葉はなかったような気がする。
真夜中の時計の音を聞きながらペンを置いた。
明白な証拠がないと警察は動いてはくれない、とよう子は言った。
ユミは「絶対」とは言っていない。言ったとしてもテープレコーダーに録音していたわけではない。証拠はない。
ユミは……
カモを捜していた。わたしを見つけた。近づいて来た。いや、わ
たしから近づいた。チラシを見て心が揺れたのだ。三パーセントの利子に目がくらんだのだ。
真山を有罪に出来るだろうか。有罪どころか起訴さえ無理ではないか。
あきらめてはいけない。やるだけのことはやってみよう。警視庁を動かすのだ。真山仁には相応の償いをさせるのだ。
そう思いながら、ユミの顔が浮かんできた。
こんな目に遭っても、なぜだろう、ユミは騙すつもりはなかったのだと思いたい自分……。涙が頬を流れた。