元気になった仔猫
仔猫がご飯を食べなくなり、姿を消してから和子は何時も悲しそうに後ろを見ながら鳴いていた。
「おいで、おいで。ご飯があるよ」と言っているように。
野生の動物の子供が生き抜く確率はとても低い。わずかな個体が生き残ることで種が続いている。野良猫は半分野生だ。野生の法則の元で生きているのだと思う。
人間のように死ぬ確率の方が少ない生物はいないだろう。
わたしはあきらめた。
あの仔猫の命は運命に任せるしかない。死んだとしても、愛情深い母親に世話され、わたしたちに巡り合い、餌をもらい、遊び場ももらって生きたのだから、たとえ短い命でも幸せだった。
そう思えばいい。
その後、仔猫は時折姿をみせた。ご飯は食べない。じっと庭の隅にうずくまっている。よかった……。とにかく生きてはいる。
和子は仔猫の傍で一生懸命仔猫の全身を舐めていた。野生動物の治療はそれしかないのだ。ひたすら舐めるしか……。
ある日、地面に緑色の吐しゃ物があるのを見つけた。きっと、仔猫が何か吐いたのだ。悪い物を吐くか下痢で出してしまえば助かるかも知れない。
吐しゃ物を見付けて三日めぐらい。朝、雨戸を開けると、和子の後ろに仔猫がぴったり寄り添ってわたしを見上げていた。
その表情は明らかに元気だ。目つきが違うのだ。
仔猫は母猫を押しのけるようにしてご飯を食べる。もう大丈夫みたい!
それから和子は仔猫から片時も離れず、舐めたり、抱いたり、赤ちゃんの時にそうしたように、尻尾で遊ばせている。
毎日、見ていて飽きない。
今なら、和子を捕獲できそうだ。避妊手術をしなければいけない。そうは思う。だが、今、仔猫から母猫を引き離すことは……。
母猫も仔猫もショックを受けるだろう。回復しただけの仔猫はどこかに潜り込んでしまうだろう。
和子も捕まえられたショックで二度と仔猫の世話をしなくなるかも知れない。
今は出来ない。
そんなことを言っていたら、一生、避妊手術は出来ないだろう。言葉が分かれば丁寧に説明して納得してもらうのだが。
わたしの心は千々に乱れる。
空にはもう秋の気配。すっかり涼しくなったら行動しよう。わたしの抗癌剤治療も終わっているから。