白馬に乗った王子さま……
雪が降った日、朝からとてもだるく気分が悪かった。気候状況のせいか。おへその下の切り傷の膿と出血は止まらない。ズキズキ痛む。次の予約の日まで2週間近く。
こんな時、大病院の場合、どうしたらいいのだろう。
いきなり飛び込んでも主治医のドクターに診察してもらえるかどうか分からない。診察を終え、会計まですませると一日がかりになる。すぐ診てもらうには救急車しかない。だが、それも気がひける。
前にもらった軟膏を塗って、頓服を飲んで予約日まで我慢するしかないか。そのうち、手足にものすごいジンマシンが出てきた。
「とにかくすぐ診てもらえる所に行ったほうがいい。ショッピングモールの中に新設されたドクターアイランドには外科がある」「すぐそこの診療所の方が近いし前に行ったことがあるから」「あそこは内科だけだからだめだ。ドクターアイランドはこの間行ったらガラガラだった。直ぐ診てもらえる」
家族と大騒動の末、とにかく皮膚も外科もあるというドクターアイランドという所に行った。
そこは、なんと、「外科」ではなく「整形外科」!
案の定、受付の人に「整形の先生に訊いたら、外科ではないから診れないそうです」
ここで、ヤバい、夫がブチ切れた!
「それは変だ。私は前に、擦り傷で診てもらった。同じ外科だろう。診れないはずがない」
痛みも吹っ飛び、消え入りたいほど恥ずかしかった。82歳だ。整形外科と外科の区別がついていないのだろう。最近大人しくなったが、もともとブチ切れる。おまけに言い出したら絶対聞かない。
「すみません。皮膚科でジンマシンだけ診てもらえれば」
頭から湯気を立てている夫を手で制しながら、受付の人にいう。困り切った様子でどこかに消えた彼女はしばらくして、恐ろしそうに夫を避けながら私の傍に来た。
「皮膚科の先生がついでにおへその手術跡も診てくれるそうです」
で、診察室に入った。
皮膚科というと女性の先生しか私は知らない。中にいたのは意外にも(?)若い男性医師。
「これはやっぱり手術を受けた病院に」と言いながらも、彼は丁寧に傷跡を診て、膿の塊のようなものを力づくで取って消毒してくれた。
「次の予約日まで、痛いけど何とか我慢します」というと、
「大きな病院のシステムがどうなっているかよくは知りませんが、これはやはり切った人の責任ですから。病院に電話してきいてみます。主治医の名前は?その先生の外来日は?」
私に要点を聞くと「しばらく外で待っていてください」と。
「あなたの主治医にお話ししました。熱が出なければ……血圧が急激に下がることがなければ……夜具合が悪くなったら、ここに。日中だったらここに。手術の続きだから紹介状は必要ないとは思いますが、どんな状況でも安心して飛び打込めるように紹介状も書いてあげます」
ジンマシンを診てもらった皮膚科医がそこまでしてくれるとは思わなかった。「黴菌が入るといけないから、抗生剤を飲んでください」
たまたま広い待合室はがら空きだった。混雑していたらとてもここまではしてくれなかっただろう。
「すみません。外科だと思って来たら整形外科で、断られたんです。皮膚科に飛び込んで、外科の分野まで診てもらって」
「基本はどこの科でも同じなんですよ」
彼は笑ってさらりと言った。
皮膚科の医師だからジンマシン以外は断ってもよかったのだと思う。「手術を受けた病院に行きなさい」と。実際、整形外科の先生は断った。
目の前の薬局で薬もすぐにもらえた。痛みも治まった。
家に帰ると、娘が「お父さんがブチ切れてると、受付の人が言ったんじゃない?だから、僕が診ますよ、と皮膚科の医師が言ったのよ」
「チョー恥ずかしい……」「人間、それぐらい強気に出た方がいいこともあるよ。それにしても良い先生に出会ったね」
以前はブチ切れる夫の尻拭いで謝って歩いていた私、腹立たしく、恥ずかしく、泣きたい思いを何度も経験した。
でも、癌手術のときから何もかもしてもらっているから、私は何も言えない。
夫は、以前より大人しくなったし、思いやりも出来た。
私を思っての一心で受付でブチ切れたのだろう。そのことを怒ってはいけない。
結果良ければすべてよし、と言うし。
皮膚科の医師は、私にとって、危機を救ってくれた「白馬の王子様」だった。
勝手にそう思っている。
王子様の書いてくれた紹介状は封印されたまま、使うこともなく、私の机の上に置かれている。
あて先は『○○病院 外科外来担当先生御侍史」
丁寧な宛名書き、ちょっと拙い手書きの文字。そこにあのときの医師の『医師としての誠実さと熱心さ』がほのかに浮かんでいる。
どう書いてあるのか中身を見たい……でも……私が開封してはいけない……よね。なぜかそう思ってしまう。
これはお守りにしよう……。
もうその医師の顔もはっきりとは覚えていない。
でも、出会えてよかった王子様……なんです。