
ゆく川の流れは絶えずして
『行く河の流れは絶えずして しかも もとの水にあらず』
方丈記の冒頭のこの文を初めて知ったのは高校生のときだった。
意味はあまり分からなかったが、なぜかこの年齢まで覚えている。
阪神大震災、東日本大震災、こんな大災害に遭遇すると、この文を思い出す。
私の人生も行く河のように流れ流れ、未知の海をめざしているのだ。
河の流れは自分の意思ではなくコロナで変わった。
生徒さんのうち電話番号の分かっている何人かの人と話をした。
「先生、秋まで十分休んでください。今、電車で通勤するのは危険すぎます」
そんな声にはっきり決心がついた。
『9月まで休みます。その頃コロナが終息の兆しを見せていたら、そして、スクールからお声がかかったら、喜んで授業を引き受けます』
そんな手紙を出すと同時にスクールから学校閉鎖の知らせが届いた。
あれこれ悩むことはなかったのだ。コロナが川の流れを変えたのだ。
ベトナムから帰国していた娘はベトナムに帰れなくなった。ベトナムの会社は閉じられたらしい。
娘は私の傍で朝夕の食事の準備をしてくれる。
若い人が傍にいるのは心強い。コロナで娘の人生も変わった。
娘には申し訳ないが、私は嬉しい!傍にいてくれるだけで嬉しい!
私は安心して治療に専念できることになった。
説明書には数々の副作用が列記されている。副作用が出たら服用を中止してください、とあるが、全く副作用は今の所出ていない。
食事は美味しい。倦怠感も手足のしびれもない。新聞報道などによると、抗癌剤治療を受けている人は、コロナに対するリスクがある、とか。
でも、私は何も考えない。薬を服用するようになってから、なぜか、手足の皮膚が艶々してきた。踵の荒れが治ってつるつるになった。
薬のおかげではないかも知れない。ハンドクリームの効果かも。
手術を受けたときから、縁あって私のお腹を切ることになった主治医を100%信頼している。
人間として、医師として、素敵な人だと惚れぬいている。そうでなければ、なんで命預けられる?
この病院で出会ったすべての医療従事者の方たちと『出会えてよかった』
出会いは運命がもたらすもの。自分の意思や努力ではない。私にとって河の流れだったのだ。
薬の袋に、朝昼版「スミ」と記録する。飲んだか飲まなかったか忘れないように。
コロナに罹るも罹らないも運命。河の流れ。流れに身を委ね、心穏やかにこの災禍の日々を過ごそう。
友人とはしょっちゅう、メールや電話で話をしている。
「もう十分生きたけど、出来ることならもう少し生きたいね。子供たちにとってはまだまだ必要な存在だから」
来年、明るい朝が来ますように。皆で食事会できますように。