みじかい小説160『夜の美術館』
かつん――。
薄暗く乾いた館内に、かたい靴の音が響く。
守衛の脇田は、思わずごくりとつばを飲み込んだ。
場所は某県県立美術館、東館の一階。
今の時期、とある中世洋画家の全盛期の絵画が集められ展示されている。
その画家は人物像が得意で、美術館に飾られている絵は、どれも上半身の人物画である。
脇田は、閉館後の館内で、壁に掛けられた大小無数の絵画から送られてくる乾いた視線を感じていた。
かつん――。
再び、おそらく革靴であろう、乾いた音が館内に響き渡る。
「誰かいるんですか、どなたですか」
脇田は、方向も定まらず宙を見上げ、言葉を投げる。
かつん――。
心なしか、足音とおぼしき音は徐々に脇田に近づいているようである。
まだ春の夜は肌寒いほどだというのに、脇田は汗びっしょりである。
かつん――。
「誰か――」
その夜以来、脇田の姿を見た者はいない。
ただ、壁にかけられた絵の中の一枚に、脇田らしき人物が加わっているのを、館長だけが知っていた。
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