![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/79820131/rectangle_large_type_2_0bd5b795e78e56ea2e2e21dea5667857.png?width=1200)
みじかい小説#189『読み聞かせ』
花は自称、短編小説作家である。
花はいつのころからか、ネットで短編小説をアップしはじめた。
花の手にかかれば、どんなものでも物語に変わる。
花は物語の種を見つけるのがうまい。
種を見つけると、花はそこから想像力をありったけかき集めて、物語を綴ってゆく。
花はこう、考える。
世界には、約78億人の人間が生きている。
日本だけみても、約1億2,500万人だ。
その一人一人の目線でとらえられる世界を、一生を通じて描いてみせたとしても、およそ自分一人の人生では到底足りない、と。
だから、せめて、一日に一人分の世界を描いてみせよう、と。
そういうわけで、花はいつごろからか、一日に一人分と決め、短編小説を書き始めた。
その短編小説も、連載をスタートして約10カ月で、そろそろ200を数えようとしている。
さて、そんな花に、彼氏ができた。
出会いのきっかけは今ではもう忘れてしまったが、とてもささいな出来事だった。
お互いに初対面で好印象を抱き、彼がリードする形で交際がスタートした。
ある日、その彼が花に言った。
「僕のために読み聞かせをしてよ」と。
花は思った。
彼の勧めで見た映画『君に読む物語』みたいだ、と。
彼はそれを意識していたのかもしれない。
ともあれ、花は二つ返事でオーケーを出した。
それから、花は彼のために、一遍の短編小説を編み上げた。
題名は、『読み聞かせ』。
花は、それを彼に読んで聞かせた。
それはまるで母が子に絵本を読むように、優しく彼の耳に届いた。
彼は聞いているのかいないのか分からないような態度だったが、一言、「ありがとう」と言った。
花にはその言葉だけで十分だった。
それから花の短編小説は、彼のためのものになった。
花は彼のために、様々な人間の人生ドラマを描いてみせた。
彼はいつも、聞いているのかいないのか分からないような態度で、一言、「ありがとう」と言うのだった。
それから50年が過ぎた。
花は80歳になった。
彼は83歳になった。
お互いもう顔も体もしわくちゃで、かつての面影はまったくない。
それでも、花は彼のために毎日、短編小説を編み続けた。
そして毎日、彼のために読み聞かせをした。
それを聞いて、やはり彼は一言、「ありがとう」と言った。
人生も終わりに近づくころ、花の短編小説は一冊の本になった。
出版社から出来上がった本が送られてきたのにサインをして、花はその本を彼にプレゼントした。
彼はことのほかそれを喜んだ。
そして一言、「ありがとう」と言った。
花は一言、「どういたしまして」と言った。
いいなと思ったら応援しよう!
![艸香 日月(くさか はる)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/6940725/profile_8cd633729d141963279ae045ba4a018f.jpg?width=600&crop=1:1,smart)