みじかい小説 #127 パニーニ
今日は日曜である。
日曜の朝はだいたい昼まで寝ている私であるが、今日は珍しく朝9時に目が覚めた。
早く起きたとはいっても朝の9時、街はもう起きだしている。
街の喧騒を遠くに聞きながら、顔を洗い歯を磨きを終えた。
さて、どこへ行こうか。
チノパンに水色の細かいストライプのシャツを合わせ、上に桃色のカーディガンをはおると、薄い茶色の革靴を選び、私は外へ飛び出した。
時刻は10時半、外はもう春の日和だ。
いつもとは違う道を選んで、適当に角を折れて進んでゆく。
普段とは違う空気が新鮮で、自然と呼吸が深くなる。
そんなふうにぶらぶら適当に歩いていると、とあるこじゃれた店が目にとまった。
「カフェ パニーニ」
と英語で看板が出ている。
私は空腹と好奇心から、ついその店のドアのベルを鳴らした。
ちりんちりんとベルの音が店内に響く。
客の来店が告げられたスタッフが急ぎ足でカウンターに出てきた。
紺のポロシャツにジーンズ、ひざ上まである黒い短いエプロンをかけている。
「いらっしゃいませ」
スタッフは元気いっぱいといった感じで、満面の笑みで挨拶をする。
「こんにちは、一名で」
つられて私の口調も軽くなる。
自己紹介を軽く済ませると、私はスタッフにより窓際の四人かけの席へ案内された。
日曜の昼前ということもあり、店内には私のほかに二組の二人連れがおり適度にざわついている。
「ご注文はお決まりですか」
私が窓の外に目をやりながら出された水に口をつけていると、さきほどのスタッフがやってきて問うた。
「おすすめはなんですか」
テーブルの上に置かれていたメニュー表のどこにも「おすすめ」の欄がなかったので、私は好奇心からそれを訪ねた。
「今の時間ですと“今日のパニーニ・モーニングセット”がおすすめでございます」
元気よく店員が言う。
「じゃあ、それで」
私は軽く一礼し、その旨を伝えた。
店内には高めのピアノジャズが流れており、柱や角には腰の丈ほどある観葉植物の鉢植えが置いてある。
店長の好みだろうか、老若男女問わずくつろげる、優しい空間となっている。
私は一度トイレに立ったが、トイレのスペースまでこだわりの垣間見える造りとなっていた。
そんな具合にきょろきょろと店内を眺めまわしていると、
「おまたせしました」
という声とともに、香ばしい香りが漂ってきた。
「今日のパニーニ・モーニングセットでございます」
言ってテーブルの上に注文したセットが広げられた。
まず目に入ってくるのは、つけあわせのレタスの緑とトマトの赤。
それらの上に寝かされているのがメインの「パニーニ」だ。
こんがりと縞模様の焼き色のついたパンにチーズとキノコがはさんであり、それらがいい具合にはみ出して食欲をそそっている。
「ごゆっくりどうぞ」
スタッフはまた、気のいい笑顔でそう言うと足音も立てずに去っていった。
恥ずかしながら私は「パニーニ」という食べ物を今回はじめて知った。
スタッフが注文を運んでくる前にひそかにスマホで調べておいたのだ。
そこには「イタリアの軽食。パンに具を挟んで焼いたもの。単数形を『パニーノ』、複数形を『パニーニ』という」と書いてあった。
なるほど目の前の皿にはパニーノが二つ、つまりパニーノがのかっている。
私はごくりと唾を飲み込んだ。
さあ、では、いただきます。
それはとある日曜の朝、春先のあたたかな日の出来事である。