みじかい小説 #43 紙すき
今年も体験教室が開かれる。
由香は、刈り取ってきたばかりのコウゾを蒸しながら思った。
由香の実家は紙すきを生業としている。
「生業」と言っても、紙すきだけで食べていける時代は終わった。
今は素人向けの体験教室や、文化センターへの出張などの収入に頼っている。
年老いた父母は昨年引退し、小さな看板を由香が一人で背負っている。
「婿養子になりたいんだ」
恋人の亮にそう言われたのは、つい先日のこと。
由香としては願っても無い申し出だった。
けれども、由香には小さなプライドがあった。
「女手ひとつ」というブランドを貫きたい思いがあったのである。
亮が婿養子になれば、誰が見ても亮が看板を背負っているように見えるだろう。
由香にはそれが気に入らなかった。
そんな由香の思いを知ってか知らずか、亮は告白の日から進んで紙すきを手伝うようになっていた。
一年も経つ頃、亮の気合に押された形で二人は結婚した。
二人は会社をおこし、由香が社長、亮が副社長になった。
由香の小さなプライドは守られたのだった。
無心に紙をすく亮の背中を眺めながら、由香は社長として、亮という従業員の存在を心から頼もしく感じていた。
「女手ひとつ」というプライドは、いつしかどこかへいってしまっていた。
「ずっとそばにいてね」
「うん?」
「なんでもない」
二人の工房には、今日も紙をすく音が静かに響いている。
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