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みじかい小説#184『告白』
祥子は元来、やさしい性格であった。
幼い頃から人を疑うことを知らなかった。
小学校高学年の時に、一度、知らない大人に頼まれて道案内のために車に乗り込んだこともあるほどだ。
祥子は勝気でもあった。
幼い頃から男の子と遊ぶのが大好きで、小学校高学年になっても、毎日服を泥だらけにして家に帰って来ていたほどだ。
また、祥子は恥ずかしがり屋でもあった。
男の子と遊びはするものの、いざ一対一で話すとなると、どうにも具合が悪くなって、顔をそらしてしまう癖があった。
祥子は考えるのと、本を読むのが好きであった。
幼い頃から「なぜそうなるのか」考えることをやめなかったし、一度本を読みだすととまらないのであった。
さて、そんな祥子の自意識は、精神的には他の子どもより大人びていた反面、感情面では幼いところがあった。
口ではロジカルなことを言うわりには、内面ではいつまでたっても自分と他人との境界があいまいで、他人を自分の延長のように感じていた。
他人も世界も、祥子のまわりのものは、みんな祥子に優しかった。
祥子が一生懸命勉強して一番をとれば、世界は祝福してくれた。
他人が嫌がる仕事をすすんで引き受ければ、世界は喜んでくれた。
そんな世界の中で、祥子は自分を存分に活かしながら成長していった。
そんな祥子は、高校生の時にいじめにあう。
祥子が自分の延長としてとらえていた心地よいはずの世界が、突如、祥子に牙をむいたのだ。
祥子はとまどった。
そして深く傷ついた。
信じて疑わなかった世界の裏切りに、祥子は絶望した。
祥子と世界は、永遠に引き離された。
そのまま祥子は大人になった。
つきあう人間も季節を経るごとに変わってゆき、祥子の世界は再びいろどりをとりもどしはじめた。
けれど、祥子はもう世界に何も期待はしていなかった。
世界が気まぐれに祥子に優しくしても、いっときそれを喜ぶことはしても、だからといって世界を再び信用する気にはならなかった。
世界は祥子にとって、単なる気まぐれな相手となっていた。
そんな世界のなかで、祥子は泳ぐように息をしてすべてをやりすごしていた。
気づくと祥子は35になっていた。
年を重ねたぶん、肌は色つやをなくし、小じわが顔に増えていたけれど、それでも祥子を好きだという男性が、ある日祥子の前に現れた。
また世界の気まぐれがはじまった。
祥子はそう、思った。
男性は言う。
「僕がどれだけ君を愛しているか、君は知らない」と。
男性は、普通の女性ならば飛びあがって喜ぶであろう言葉を、次々と祥子にあびせかけた。
祥子はその様子を、他人事のように眺めていた。
そして思った。
世界は――。
世界は再び、私を愛してくれるのかしら。
祥子は、なんとなくその男性の手を握り返したいと思った。
いつか私の重みに耐えかねて、拒否されるかもしれない。
けれど。
けれど彼なら、私の重みに耐えてくれるかもしれない。
祥子は思った。
祥子は、彼の愛を受け取ることに決めた。
それは長い長いあいだ、祥子がやりすごしてきた世界の気まぐれにのってみるギャンブルのように思えた。
けれど祥子は、いまはこのギャンブルにかけてみたいと思った。
彼という形でアプローチしてきた世界を、祥子は再び愛してみたいと思ったのだった。
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![艸香 日月(くさか はる)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/6940725/profile_8cd633729d141963279ae045ba4a018f.jpg?width=600&crop=1:1,smart)