みじかい小説#195『深夜のドライブ』
深夜2時、陸は真夜中のパーキングエリアで一人コーヒーを飲んでいた。
いつものように日付が変わるころに目が覚め、軽く胃にものを入れてから外に出た。
外はまだ小雨が降っており、6月にしては肌寒かった。
賃貸駐車場までの約30mの距離を、ビニール傘をさしながら小走りにゆく。
雨は駐車場の砂利をしっとりと湿らせ、地面のところどころに大きな水たまりをたたえていた。
それを大股で飛び越えると、32番に停めてある自分の軽に乗り込む。
暖房をつけ、脱いだ上着を助手席に無造作に投げると、陸は両手を口に持っていき、その中に大きく息を吐くと、こすり合わせるようにして暖をとる。
その間、三白眼の目はフロントガラスの一点を睨んでいる。
外の音は車体により遮断され、しんと静まり返った車内には、陸の息遣いと衣擦れの音だけがかすかに響く。
車内が十分にあたたまる前に、陸は車のエンジンをかけた。
目指すあては無い。
とりあえず歩行者のいない道か、高速を、走りたかった。
陸は一路、車を最寄りのインターチェンジに向けた。
真夜中の街には、夜の灯りがともり、その間を若者がふらふらと縫って歩いている。
そんな景色をわずらわしく思いながら、車を走らせている間も、陸の三白眼はフロントガラスの一点を見つめて離さない。
10分も走らせると、ネオンの灯りと人の気配はすっかり消え、車道の両脇に等間隔に設置された街灯のみが視界に入るようになる。
次々と通り過ぎてゆくそれらの灯りが、陸の心から雑音を消し去ってゆく。
ETCレーンをくぐると、陸はアクセルを踏み高速に合流した。
夜の高速の主役はトラックだ。
陸は彼等との距離を十分にとりながら、ちょうどいいポジションを探し、車を落ち着かせる。
4レーンある車道を挟むようにして両側にそびえる防音壁は、陸たちを包むように内側へ湾曲している。
小雨はなおも降り続く。
フロントガラスに打ちつける細かな雨粒を、無感動に左右に触れるワイパーが延々とぬぐい続けるのを、陸の三白眼は眺めるでもなく見ている。
時折、対向車線をゆく超高速のスポーツカーやワゴン車のライトが、陸の顔をほの白く照らしては消えてゆく。
30分ほど走らせたろうか、陸は頃合いを見計らってとあるパーキングエリアに車を停めた。
昼間はにぎわっているであろう売店や土産物売り場には重いカーテンがひかれひっそりと静まり返っている。
トイレと自動販売機コーナーの明かりが、だだっ広い駐車場にいっそう暗い影を落としている。
仮眠をとっているのであろう運転手の足が、ずらりと並んだトラックの窓から垣間見える。
腹はすいていなかったが、起きがけに運転したことで目が疲れており、瞼が重く感じられた。
陸は自動販売機コーナーに足を向け、120円と引き換えに「あったか~い」缶コーヒーを一本購入した。
体が冷えないうちに、小走りに車に戻る。
アスファルトの上に不規則にできた水たまりの水を、陸の革靴が軽快に散らしていったが、その音を聞く者は陸の他には誰もいない。
傘をさして出なかったため、少しの移動距離ではあったが、陸の体は上から下までしっとりと濡れていた。
出る前より一段と冷えた自分の体が、車内の暖房の余熱で徐々にあたたまってゆくのをじんわりと感じ入る。
カシュッ――。
缶コーヒーのプルタブを引き起こす乾いた音が、車内に心地よく響く。
口をつけて一息に飲み下す。
そうして、ほうっと長く、息を吸い込み、吐き出す。
三白眼は、ここでようやく、わずかに生気を取り戻す。
それから小一時間ほど、缶コーヒーを相手に車内で過ごす。
気分はあがりもせず、さがりもしない。
ただ陸の口の中いっぱいに、コーヒーの甘みと苦みが、余韻として広がっていた。