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みじかい小説#136『うた』

「100万人のために 唄われたラブソングなんかに 僕はカンタンに 想いを重ねたりはしない」

 ポルノグラフィティの『ヒトリノ夜』という歌の、歌詞の出だしである。

「同意。てか自己矛盾。ふふ」

 ヒナノは、母の部屋でCDをあさりながら、ずっと、自分がそんな気分で歌を聞いていたことに思い至る。

 世の音楽というものは、どこかのお金持ちの偉い人たちが、どこかの才能ある人たちを引き抜いて、育てて、飾り立てて、準備万端にして売り出しているものだ。沢山の人たちが関わっているから、それなりに儲けも期待されていて、だから下手な歌詞は書けず、だからどれも似たり寄ったりの歌詞になるはずだ。

 だからヒナノは、長いこと歌詞などなくてもいいという考えを持っていた。ただ耳障りの良い言葉を最低限並べてくれれば、あとはメロディとリズムだけで楽しめるから、それで十分だと思っていた。

 だからヒナノは、長いこと、もっぱらジャズやクラシックを聞いていた。

 けれども最近は、どれもこれも、プロの作家が言葉を選んで並べていったような、そんな歌詞を持つ曲が増えたように感じられる。いや、明らかに、流行する音楽の歌詞の、単語のレパートリーが増えているのだ。それを確かめるために、ヒナノはわざわざ母の部屋に忍び込んで90年代のCDを漁っていたのだ。そこで出会ったのが、このポルノグラフィティの『ヒトリノ夜』だった。

「100万人のために 唄われたラブソングなんかに 僕はカンタンに 想いを重ねたりはしない」

 という、まさに100万人のために唄われたラブソングに、カンタンに想いを重ねている自分に、ヒナノは笑った。母さんも、同じような気持ちだったんだろうか。CDの表面には細かな傷がいくつもついている。若かりし母が、幾度もこの音楽を聴いていたことを物語っている。

 じゃあ逆に、世の中に、たった一人のために唄われるラブソングなんかあるんだろうか。

 ヒナノはしばし、考えを巡らせる。

 父さんがカラオケで母さんに向かって歌うラブソングなんか、もしかしたら、それにあたるかもしれない。

 ヒナノは、思いもかけず身近な例に行き当たり、ひとり笑い転げる。

 ふと、写真立ての中の母と目が合う。生きていればもう40歳になっているであろう母。その手には、大きなギターが握られている。そのギターは、まさにヒナノがいる母の部屋の片隅に、立てかけられている。

 ヒナノは立ち上がり、ギターを握ると、写真の中の母と同じように構えてみせる。

 びいいいん

 弾き方など分からないので、ヒナノは適当に弦の一本をはじいてみる。かつての母が、そうしたように。

「おお、様になってるじゃないか」

 顔をあげると、部屋の入り口に父が立っていた。

「ノックぐらいしてよ」

「ヒナの部屋でもないだろ」

 父は立ったまま、ヒナノの姿を目を細めて見つめている。

「なに」

「いや、大きくなったなあと思って」

「あ、そ」

 何度となく交わされたやり取りに、ヒナノはなかばうんざりしながら、弦をはじく。

「ねえ、今夜、カラオケ行かない?」

「お、いいねえ、じゃあ今からリスト作るか」

 父は早速、尻のポケットに入っていたスマホを取り出す。音楽アプリでも起動しているのだろう。

「ねえ、今日はこのCDの中からリスト作ってよ。懐メロ的なやつ。それが聞きたい」

 ヒナノの提案に、父は、少し驚いたような顔をしたが、ふっと笑うと、CDの山の前にどかっと座った。

「じゃあヒナも手伝え」

「うん」

 ヒナノは父の横にあぐらに座ると、『ヒトリノ夜』をそっとデッキから取り出した。


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