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みじかい小説 #115 勝負事

 和子はひとり、バーでビリヤード台に向かっていた。

 そんな和子に声をかける者がいる。

「和子さんはいま、お暇かな」

 この店のマスターのゆたかである。

「マスター、ちょうどよかった、休憩したかったんです」

 そう言って和子は手を止め、二人はカウンター席へ移動する。

「何がいいかな」

「今日は車だからジンジャエールで」

「了解」

 豊はカウンターの内側に立ち、器用な手つきでグラスにジンジャエールを注ぐ。

「マスターは勝負事に強いですよね」

「どうしたんだ、急に」

 豊は軽く吹き出す。
 彼はダーツの大会で何度も優勝しているプロである。

「勝つときの心境ってどんなものなんですか。コツとかってあるんですか。ちょっと知りたくなっちゃって」

「なるほど」

「ちなみに私は『絶対勝つぞ』ていう心境で球を打ってるんですけどね、それでいいのかなって最近思い始めていて」

「なるほどね、じゃああくまで僕の自論だけど」

 そう言って豊は和子にジンジャエールをすすめる。

「勝負事にも色々あると思うんだ。ダーツの試合から柔道の試合、将棋の試合まで。本当に色々ね」

「ええ。それぞれタイプが違いそうですよね」

「そう、自分で次の一手を進めていくものと、相手の動きに合わせて次の一手が決まるものと」

「ええ」

「競う相手がいるのが試合だ。多かれ少なかれ相手の動きの反動による影響は出る。そこでだ、結局『勝つ』という気持ちだけじゃあ勝てないってことだと思うよ」

「どういうことですか」

「たとえばね、いくら『勝つ』と強く思っていても、それに技が伴わないと勝てない。相手との相性もある。運だって伴わないと勝てない。勝負ってそういうものだと思うんだ。ビリヤードなんかは相手との読みあいだから、『勝つ』ていう意思があまり強くても力が入って読みが外れたりするんじゃないかな、想像だけど。でも相手がいることだから、自分の一手にばかり集中していれば勝てるものでもない。難しいね」

「なるほど。じつは最近、いくら「勝つぞ」と思っても、なんだか空回りしちゃって手元がおぼつかなくて、結果がついてこないんですよね」

「あまり力みすぎてもよくないのかもしれないね」

「難しいですね、勝負って」

「本当にそう思う。予想が外れたり、逆に予想外にいい結果が出たりするとメンタルに影響が出たりしてね。選手は大変だと思うよ。外野の雑音や期待もあるだろうし」

「選手は孤独ですね、それに一人で耐えないといけないんですから」

「そうだね」

 気づくと、時計はもう午前一時をまわっている。

「じゃあマスター、ありがとうございました」

 和子は、空になったグラスを奥に差し出す。

「いえいえ、またどうぞよろしく」

 豊はバーの玄関口まで和子を送ると、そっとドアを閉めた。

 和子はひとり車に乗り込むと、ふうっと息をはきだした。

「いい話が聞けたな」

 少し気持ちの整理がついた和子は、車のキーをまわし駐車場をあとにした。

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艸香 日月(くさか はる)
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