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みじかい小説#141『手紙』
拝啓 陸さま
あなたからの連絡が途絶えて、もう一週間になりますね。
刑務所の暮らしはどうですか。
まわりに怖い人はいませんか、大丈夫ですか。
ちゃんと食べれていますか、体は大丈夫ですか。
私はいつまでもあなたを待っています。
いつか会える日を楽しみに待っています。
それまで、きっとご自愛ください。
芽依
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拝啓 芽依さま
お手紙ありがとうございます。
刑務所での生活は、正直いってきついです。
看守は冷たいし、同じ房の奴は無愛想だし、毎日気がめいります。
早くここから出たいです。
できることなら、ここから自分を助け出してください。
あなただけが希望の光です。
どうか、どうか。
陸
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拝啓 陸さま
お手紙拝見しました。
ああどうか、そんなことをおっしゃらないでください。
私にどうしろというのですか。
無力な私をお許しください。
いつまでもあなたを待っております。
愛を込めて。
芽依
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それから、陸の手紙は途絶えた。
芽依には、なぜだかそれが、必然のように思われた。
きっと自分は嫌われてしまったに違いない。
他でもない彼の懇願をしりぞけたのだ、嫌われて当然である。
今頃彼は、刑務所の中で何を思っているのだろうか。
体は大事にしているだろうか。
誰かにいじめられたりはしていないだろうか。
ちゃんと食べているだろうか。
陸からの手紙が途絶えてからも、芽依は毎日、彼のことを思った。
そして、私だけは彼を諦めてはいけないのだという使命感を強くするのであった。
芽依はこの頃には珍しく、結婚にまったく頓着しない女であった。
幼い頃から読書にしたしみ、成人してからは在野にあって働きながら独学で何かを学ぶのを趣味としていた。恋人は何人かいたが、そのどれとも長続きはしなかった。その誰もが、知的好奇心以上に、彼女を興奮させる存在にはなりえなかったのである。芽依はまるで風のような女であった。
そんな芽依が、ある日恋に落ちた。
もはや出会った時のことなど忘れてしまったが、とにかく陸と言葉を交わす中で、芽依は、彼こそは生涯をささげるに値する未来の夫であると確信したのである。それは芽依の独善かもしれなかったが、確かに芽依の心をつかんだのであった。
陸の方でもそれは同じであった。なぜだか分からないが、将来俺はこの女と一緒になるだろうという確信を持った。
二人はまごうことなき、相思相愛であった。
そんな二人に転機がおとずれる。
陸が仕事で海外に派遣された際のこと、彼はとある事故に巻き込まれてしまう。陸は病院にかつぎこまれ、数日間、意識不明となった。そうして気づいた時には、持ち物はすべて盗まれ、払えない治療費を理由に、現地の刑務所に入れられていたのだった。
陸は弱った体で看守に頼み込み、一通の手紙を書いた。
芽依にあてた手紙であった。
芽依は手紙を受け取り、心の中で涙した。ああ、生きていた、よかった、と思った。手紙にはことの顛末が書かれており、芽依はその通りに受け取った。そして、陸が不幸にも「犯罪者」となってしまったこと、けれどもそれはけっして彼が「悪人」であることを意味しないということを、芽依は理解した。手紙には、彼の刑期がどれほどになるかは記されていなかったけれど、芽依は静かに、いつまでも彼を待とうと心に決めた。
それから、二人の国をまたいだ文通が始まった。
何通もの手紙が、国境をまたぎ、二人の愛を紡いだ。
時には数週間と間の開くこともあったが、それでも手紙は絶えなかった。
今日も芽依は手紙を出す。
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拝啓 陸さま
お加減はいかがですか。
ちゃんと食べていますか。
こちらは元気です。
そういえば、先日、新渡戸稲造についての本を読みました。
彼の妻はアメリカ人のメアリーというのですが、彼とメアリーは、なんと手もつないだこともないというのに3年の間、文通をすることによって結婚に至ったのですって。
私たちも負けてはいられないですね。
愛を込めて。
芽依
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